2018年02月19日
2月15日付朝日新聞の天声人語は、古在由秀(こざいよしひで)さんについて、母方の祖父の弟は幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)、父方の祖父は元東京帝大総長と述べている。
通常であれば、まず父方の家系、次に母方の家系について述べるところが、ここでは逆だし、しかも、最初に紹介しているのは母方の祖父ではなく、その弟である。さらに、父方の祖父は元東京帝大総長とだけで名前の紹介もない。今の人にとっては、無名の人物だからだろう。しかし、この人物に名前がなかったわけではないし、凡庸でもなかった。
現在の東大総長とは比較にならないほどの社会的地位と権威を持っていた当時の東京帝大総長になるには、それにふさわしい業績があったはずである。この人は我が国近代史上最大の公害事件である足尾鉱毒事件の前進に大きな貢献をしている。彼の名は、古在由直(よしなお、1864~1934)。
足尾鉱毒事件は古河財閥の創始者である古河市兵衛によって引き起こされた。その最大の被害者は農民だった。このとき古在による科学的な分析が事件の解決に大きく貢献した。
事件が世間で大きな問題となる前の1891年、被害を受けた農民の代表二人が帝国大学農科大学(現在の東京大学農学部)に古在由直・助教授を訪ねて、持参した土壌と水の分析を依頼した。古在は農民代表の声を涙なしには聞くことができなかった。彼は直ちに調査分析を行い、被害の原因は銅の化合物にあると結論し公表した。これは古河や政府を相手に奮闘する農民を大いに勇気づけた。
足尾鉱山を所管している農商務大臣陸奥宗光の次男が古河家の養嗣子となっていることもあって、政府は事件沈静化のために、被害農民と古河の間に、補償の引き換えに、一切苦情を申し立てない旨の示談契約を結ばせた。しかし、1896年6月に大洪水が発生し、鉱毒被害が拡大したため、翌1897年3月には「数千の農民」が二回にわたって東京に「押出」て請願を行い、鉱毒問題が大きな社会問題化した。
担当省である農商務省の対応は速かった。
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