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アマゾンに負けないための楽天の戦略 日本の出版流通の特性から見えるもの

福嶋聡 ジュンク堂書店難波店店長

 経営の立て直しを進める出版取次会社で、業界3位の大阪屋(本社・大阪市)は2月28日、臨時株主総会を開き、大手出版社の幹部5氏を招聘する役員人事を承認した。出資する講談社、小学館、集英社と、大日本印刷、KADOKAWA、さらにはネット通販大手の楽天の計6社は、財務・事業計画を検討することも決まった。

 経営危機に陥った取次を出版社が支援することはこれまでにもあった。だが、かつてと違って大手出版社にも余裕があるわけではない。援助というより、危機の共有と言ったほうが近いだろう。

 そんな中で目を引くのは、楽天の出資である。楽天は昨年、大阪屋を傘下に収めるのではないかとまで噂されたこともあった。楽天は、なぜ大阪屋にそこまで関心を持つのか?

リトル・アマゾンでは楽天は勝てない

 その理由について、日本出版インフラセンター(JPO)専務理事の永井祥一氏は、こう言い切る。

 「アマゾンと同じことをやっていては、(楽天は)アマゾンに勝てないからです」

 この発言は、日本出版学会関西部会が4月2日、関西学院大学大阪梅田キャンパスで開いた緊急シンポジウム「変革期を迎える出版流通システム」の基調講演で表明された。そのシンポジウムに、ぼくは立命館大学教授・湯浅俊彦氏と共にパネリストとして参加した。

 JPOは書籍、雑誌、取次、書店、図書館の5団体でつくる一般社団法人である。最近は、経済産業省による「コンテンツ緊急電子化事業」の受け皿となり、書店の活性化を目指すフューチャー・ブックストア・フォーラム事業などを推進している。出版業界全体の動きを見渡すには格好の位置にある団体だ。

 楽天は、アマゾンのキンドルに対抗するために、電子書籍などを販売するカナダの企業「コボ」を買収し、電子書籍市場に参入した。

日本の出版を支えるのは出版流通の多様性

 だが、シェアの差を縮めていくのは難しい。電子書籍のユーザーは、将来、消滅する可能性が最も低いショップで購入しようとする。ユーザーが入手するのは、モノとしての書物ではなく、コンテンツへのアクセス権だからである。それゆえ、トップ企業の一人勝ちになる傾向が強い。

 そこで楽天は、米国産のアマゾンには想像しにくい日本の出版流通資源に、注目したのだ。

 楽天は2年前、JPOのフューチャー・ブックストア・フォーラム事業に参加し、宅急便を使い、客からの注文に対して翌日の入荷を可能にした実証実験に協力している。その中で、リアル書店と組むことの大切さと、取次の機能の優秀さを改めて認識したという。電子書籍をリアル書店で売ろうというプロジェクトも進めている。

 だが、その策は、適切なものなのか?

 先述のシンポジウムで、電子図書館に詳しい湯浅教授は、コンテンツのデジタル化が焦眉の課題になっている今、出版社—取次—書店という日本の近代流通システムがなお有効か、それをまず検証する必要があるとコメントしたのである。

 書店現場で日々「紙の本」を売っているぼくも、リアル書店で電子書籍を販売することは、商品特性を考えると想像しにくいと述べた。

 永井専務理事はシンポジウムの中で、日本の出版の特徴として、出版社の数が多いことを挙げていた。小さな出版社も多く、個人でも容易に出版社を立ち上げることができる。それが可能なのは、全国津々浦々に書店網が整備され、流通を取次が担っているため、新たに販売網をつくる必要がないからだ。

 永井氏は「そういった流通網の存在が、どんな本でも出せるという日本の出版文化の多様性を支えている。出版のいのちである多様性を守っていくためには、出版物の多様性だけでは駄目で、出版流通の多様性の確保も必要だ」と訴えた。

すべての書店は地域書店である

 現存の流通システムに関心を持ってくれた楽天以上に、われわれ書店こそ、自分たちのシステムの有効性を検証し、将来像を描き出していかなければならないのではないか。

 そのために何よりも必要なのは「すべての書店は、地域書店である」という自覚である。

 具体的な地域の特定の場所に実店舗を構えるリアル書店は、来店してくださるお客様相手の地域書店でしかあり得ない。大都市の大型店も駅前の本屋も、そのことに関して違いはない。書店の活力は、一人一人のお客様との交流、対話を通してしか生まれない。

 永井氏は言う。「現在の大転換期をもたらしたのは、やはり電子書籍だ。電子書籍には絶版がない。おびただしい数のコンテンツが用意される。だからこそ、読者はカスをつかみたくない。そこで書店の選書機能が重要になってくる」

 書店紹介の特集は、ムックの定番だ。近年人気が高いのは、東京・千駄木の往来堂書店、名古屋のちくさ正文館、京都市左京区の恵文社一乗寺店やガケ書房、和歌山県日高川町のイハラ・ハートショップなどだ。いずれも小規模ながら店主の個性にあふれたセレクトショップである。

 信頼し得る選書と訴求力のある展示は、そもそも書店の基本的な機能である。それらの仕事を着実に果たしていくことこそが、書店が販売網の一端を担い、出版流通の多様性を支え、出版の多様性を守っていくための鍵になると、ぼくは確信している。

 そして、そのような書店を生み出し、維持していくのは、夢と情熱にあふれた人たちであるということも。

     ◇

福嶋聡(ふくしま・あきら)
ジュンク堂書店難波店店長。
1959年、兵庫県生まれ。京都大学文学部卒。82年、ジュンク堂書店入社。京都店、仙台店、池袋本店、大阪本店などを経て、2009年から現職。著書に『書店人のこころ』『劇場としての書店』『希望の書店論』『紙の本は、滅びない』など。WEBRONZA文化・エンタメジャンル筆者。

本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』6月号から収録しています。同号の特集は「テレビ・ジャーナリズムが危ない」です