2012年06月19日
6月上旬に京都市で開かれた「ニュートリノ・宇宙物理国際会議」。記者たちにとって最大の使命は去年9月、「超光速ニュートリノを観測」という実験結果を発表した国際チームOPERAの事後調査報告を見届けることだった。
当然といえば当然のことだ。昨秋の発表は、もし本当ならA・アインシュタインが1905年に築いた特殊相対性理論に破れがあるということであり、物事には原因があって結果がある、という因果律を揺るがしかねなかった。それは、もしかしたらタイムマシンができるかもしれない、という夢想にもつながる。この報道の後、まちの居酒屋などで、ニュートリノの「ニ」の字にも縁がない人たちが「あの、光より速い素粒子」の話題で盛り上がるという状況が現出した。だからこそメディアには、その最終決着を報じる責任があった。
調査報告は、小紙でも報じた通りだ。ニュートリノを地中に約730km飛ばす実験で、それを受ける側の時間信号が光ファイバーケーブルの接続不良で1億分の7秒ほど遅れた。これは「時計」の遅れと同じ効果をもたらす。その結果、ニュートリノが光よりも速いと見誤ることになった、というものだ。「超光速ニュートリノ」の撤回である。タイムマシンも泡と消えた。
昨秋の発表に対して、物理学界は最初から冷ややかだった。特殊相対論は現代物理の細部にまで根を張っていて反証はまったく見つかっていない。簡単に覆るわけがないという常識と、見間違いだろうという推測が支配的だったと言ってよい。これは、OPERAチーム内でも同様だった。だからこそ、昨秋の論文でも「異常」な観測結果をもたらす未知の要因がなかったかどうかを、引き続き調べる姿勢を明らかにしていた。
物理学者の目で見たとき、今回の会議で最大の成果は、「超光速」と別のところにあった。それは、ニュートリノの変身(振動現象)を特徴づける「シータいちさん(θ13)」という値がゼロでないとわかったことだ。もしゼロだと、ニュートリノの探究を進めて宇宙の成り立ちを解明する道筋に困難が生じるので、「ゼロでない」ことを見極めようという競争が、日本を含む多くの国で進められてきた。日本を舞台とするT2K実験が去年、先行するデータを出したが、今回は、中国・米国と韓国の2チームがより確定的な結果を発表した。この進展をめぐる興奮が、会場には満ちていた。
「超光速」と「シータ13」。メディアと科学者の間に吹くすきま風は、素粒子物理という本流中の本流の純粋科学が今置かれている立場を物語っている。そこには、科学者が本来のテーマと向き合うだけでなく、その実験情報をどう扱うかという問いにも直面するようになったという現実がある。
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