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延々と続くタイ・マレーシアの国境協議

 KLのカンファレンスの1週間ほど前、3月15日にタイ・バンコクでは、両国国防大臣による「Thai-Malaysia General Border Committee」が開催されていた。国境の一部約11キロで新たに国境壁を設ける他、両国市民権を持つ周辺住民の問題(テロリストの行き来を助長している可能性)についても対処することで合意した。ただ、「詳細は後刻」というのが今年3月時点の発表で、その後の進展は公表されていない。同委員会は、1965年3月に両国で合意された会議体。当時はマレー半島で活発だった共産ゲリラへの対策として共同での国境管理を念頭に置いていたらしい。1965年はベトナム戦争の最中。米国が東南アジアに積極介入を進めていた時期でもあり、泰馬合意に米国の力が働いたことは想像に難くない。

 50年経ち、国境管理は共産ゲリラではなく密貿易とイスラム過激派対策に役割は変わった。密貿易品をざっと挙げると、砂糖、料理用油、イノシシ肉、麻薬類(以上、主にマレーシア→タイ)、米、花火、タバコ・酒などの偽造品、麻薬類、野菜(以上、主にタイ→マレーシア)など。とにかく切りがない。

 とはいえ、委員会開催は今回が54回目。合意を受けた1970年代には、コンクリートと有刺鉄線による国境壁がある程度は建設されてきた。だが、その後50回余りもの会議を重ねても、壁は遅々として完備には至らなかった。つまり管理が進んでこなかったのである。2013年に「141キロに渡り電子柵を導入する」、2015年に「国境全域で壁を作る」、2016年には「やっぱり141キロ分から」などなど、両国の予算配分もあって建設方針さえ安定しない。タイと国境を接するマレーシアの北西端にペルリス州という人口25万人、マレーシア最小面積の州がある。ここは国境となる部分の総延長が106キロあるが、このうち柵があるのは52キロ。半分以上は手付かずの丘陵地帯だ。最後に柵の増設があったのは2004年、5.3キロ分だという。

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筆者

佐藤剛己

佐藤剛己(さとう・つよき) ハミングバード・アドバイザリーズ(Hummingbird Advisories)CEO

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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