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権力取材を改革して「脱癒着」宣言を

密着取材を具体的にどう変えていくかについては冷静な議論も必要だ

松本一弥 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

問われたメディアと権力の距離

車から降りて無言で自宅に入る東京高検の黒川弘務検事長=5月21日、東京都目黒区拡大車から降りて無言で自宅に入る東京高検の黒川弘務検事長=5月21日、東京都目黒区

 事件の経緯を改めて振り返っておけば、「週刊文春」(5月28日号)によると、同誌は5月17日午前10時すぎ、黒川氏を直接取材。翌18日も事実関係の確認を申し入れたうえで東京高検に連絡を入れたという。週刊文春が取材しているとの情報はその日のうちに首相官邸にも伝わったとみられ、検察庁法改正案の今国会での成立見送りが関係者の間で話し合われたとされる。政権内部で見送りがいつ決まったかなど詳細な経緯は現時点でまだ明らかになっていないが、この不祥事発覚が政権の判断に影響を与えたことは間違いない。黒川氏は法務省の聞き取り調査に事実関係を認め、辞職した。

 コロナ禍のさなか、元検察担当の朝日新聞社員や産経新聞記者2人の計3人が黒川検事長らと賭けマージャンを繰り返し行っていた事実が発覚したことで、朝日新聞社に対しては「黒川氏とズブズブの癒着があったと思われても仕方がない」「大いに失望した」「自らに甘すぎる」「抜本的な改革を求める」等の厳しい意見が多数寄せられる事態となった。

 今回の件で私が思い出したのは、社会の本質をえぐり出す優れたルポルタージュをいくつも書いて世に問うた元共同通信編集委員、斎藤茂男の言葉だ。

 記者を取り巻く環境が激変するなかで「現実との対応関係を断たれ」た記者の内面に起こる質的変化について言及した下りで、斎藤はこう述べている。

 「自分はしがない労働大衆の一人にすぎないのに、日ごろつきあっている政治家や財界人や高級官僚や労働ボスなどの『上』からの支配感覚に染まってしまって、歩き方や話し方までそれらしくなる、といったコッケイな風景も出現するのだ。もともと戦後社会の仕組みのなかで、マスコミ大企業に職を得ている者は、広い目で見れば曲がりなりにも〝社会的強者〟の側に近いであろうから、このような疑似的な階層転位の落とし穴にじつに容易にはまりやすい、とも言えるだろう」(『ルポルタージュ日本の情景11 事実が「私」を鍛える』、56ページ、岩波書店)

「権力と同質化し、民主主義の基盤を揺るがしていないか」

 ここから先は、メディアと権力の関係はどうあるべきか、また権力者や権力を持った組織を取材対象にする権力取材はどう行うべきなのかについて考えてみたい。

 「情報」という観点からいえば、記者との力関係で権力側はつねに圧倒的に優位な立場に立っている。いわゆる機密情報を含め、例えば捜査機関はすべての捜査情報を握り、首相官邸にはすべての重要な政治情報が集中しているからだ。こうした非対称の構図の中にあって、記者はどう行動すべきか日々問われている。

 こと権力取材の場合に限定していえば、取材対象である権力者や権力組織に近づき、信頼関係を構築してその関係を「深め」ながら、権力の核心部分で行われていることや権力者の本音に迫ろうとする。それがこれまでの中心的かつ「ノーマルな」取材手法だった。ここではこれを「密着取材」と呼ぼう。

 だが、権力との癒着を感じさせるこうした密着取材は今回世論の激しい反発を招いたほか、例えばメディア研究者やジャーナリストらで構成する「ジャーナリズム信頼回復のための提言」チームも7月10日、「ジャーナリズム信頼回復のための6つの提言」を出して批判した。

 提言はこうした手法について「水面下の情報を得ようとするあまり、権力と同質化し、ジャーナリズムの健全な権力監視機能を後退させ、民主主義の基盤を揺るがしていないか」と問いかけた。また、こうした取材慣行は長時間労働の常態化につながっていると指摘した上で、「この労働環境は日本人男性中心の均質的な企業文化から生まれ、女性をはじめ多様な立場の人たちの活躍を妨げてきた」と批判した。

 権力との「癒着」「同質化」は今日許される状況にはなく、そこから脱却すべきだと主張することは100パーセント正しい。また提言は日本のジャーナリズムが抱える様々な問題点を的確に指摘していて、ジャーナリズムの信頼を回復させるための貴重な問題提起となっている。だから私も後から賛同者の一人に名を連ねた。

 だが同時に、提言を読んでいると一つの素朴な疑問が浮かんできたのも事実だ。

 提言がいう「早朝夜間の自宅訪問」など「『懇談』形式での取材の常態化が長時間労働やセクシュアルハラスメントの温床」になっているのではないかとの指摘を一当事者としてあくまでしっかり受け止めた上での話なのだが、権力取材などにおいてこれまで行われてきた密着取材は、ただ全否定して葬り去るだけの代物なのだろうか?という疑問だ。

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筆者

松本一弥

松本一弥(まつもと・かずや) 朝日新聞夕刊企画編集長、Journalist

1959年生まれ。早稲田大学法学部卒。朝日新聞入社後は東京社会部で事件や調査報道を担当した後、オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長などを経て現職。満州事変から敗戦を経て占領期までのメディアの戦争責任を、朝日新聞を中心に徹底検証した年間プロジェクト「新聞と戦争」では総括デスクを務め、取材班の同僚とともに石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、JCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞、新聞労連ジャーナリスト大賞を受賞した。早稲田大学政治経済学部や慶応大学法学部では非常勤講師などとしてジャーナリズム論や取材学を講義した。著書に『55人が語るイラク戦争ー9.11後の世界を生きる』(岩波書店)、共著に『新聞と戦争』(上・下、朝日文庫)。

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