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地域交通の主役は「鉄道やバス」ではなく「自家用車」で良い!

自家用車利用を含む輸送分担率を公表しない国土交通省の摩訶不思議

福井義高 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授

1.地域での交通は「公共」でなければいけないのか

 実は最近、交通政策に詳しい知人から、今年1月に国土交通省の交通政策審議会の地域公共交通部会が「中間とりまとめ」を出したことを受けて、地域の公共交通のあり方について意見を求められた。

 ところが、筆者はその「中間とりまとめ」の内容はおろか、そんな部会があることすら知らなかった。遅ればせながら「中間とりまとめ」を読んだところ、門外漢らしい(?)素朴な疑問が浮かんできた。

 それは、地域での交通がなぜ公共でなければならないのかということである。

 この問いは、地域の交通の担い手を考える上で最も根源的な問いであるはずだ。なぜ、公共でなければならないのか。データをもとに考えてみたい。

 移動は人間にとって不可欠な活動であり、どこに住み働くにせよ、「中間とりまとめ」冒頭にもあるように、「日常生活等に必要不可欠な交通手段の確保」が重要な政策課題であることに異論はない。

 しかし、そのために、なぜ地域公共交通が「豊かで暮らしやすい地域づくりや個性・活力のある地域の振興を図るうえで不可欠な基盤的サービス」として必要なのか、「中間とりまとめ」を読んでもわからなかった。そもそも、国交省や部会メンバーの間では、議論の余地のない常識ということなのかもしれない。

 本当にそうだろうか。

 人間社会に不可欠なのは移動という機能を担う手段であって、それが公共すなわち乗合輸送手段である必要はない。

 乗合とは、文字通り不特定の人々が一緒に乗る鉄道やバスのような形態を示している。「公共」という言葉が使われると、なかなか面と向かって反対しにくいのが人情である。乗合交通に限らず、議論において、内容以前に表現で優位に立とうとするのは一種の常套手段ではある。

 そのわかりやすい例は、米国の「愛国者法」と会計基準の「公正価値会計」だ。米国政府は2001年9月11日の同時多発テロの直後、基本的人権を大幅に制限する法律を愛国者法(Patriot Act)と名付け、上下両院の圧倒的多数の賛成を得て成立させた。時価会計は公正価値会計と名付けられ、その推進論者によって、「時価が公正」というイメージでマーケティングされ、この表現が世界中で定着している。それぞれ、人権制限に反対するものや、時価会計に反対するものは、あたかも非愛国者であり、不公正価値論者であるかのような印象操作である。

 実際、移動手段としての乗合交通の重要性はどの程度のものなのか。なんとか数量的に把握すべく、審議会のエライ先生方と違って、主にインターネットを通じて公開データしか入手できないなか、それをもとに筆者が作ったのが、四国及び日本全体の陸上輸送量の移動手段別分担率を示す図表1である。輸送人キロと輸送人員をともに推計した。

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 地域別データは運輸局を単位としたものしか公表されていない。四国を選んだのは、陸上旅客流動の域内完結性が高く、「中間とりまとめ」が主たるターゲットとしている「地方部」だけからなるエリアなので、そのデータは地域公共交通政策を考えるうえで、他地域データよりも参考になると考えたからである。同じように域内完結性が高い北海道の場合、札幌周辺という日本有数の大都市圏とそれ以外の地域に両極化しているので、合計値データで地域交通を語ることは困難である。その点、四国の場合は大都市もない代わり、極端に人口密度の低い地域もないので、合計値で議論することに一定の意味があろう。

 直近データである2018年度の全国シェアをみると、輸送人キロでは自家用車が62%なのに対し、バスが貸切も含め5%、タクシーは0.4%、鉄道が32%で、乗合交通は合わせて38%。輸送人員もほぼ同様で、自家用車が67%なのに対し、バスが5%、タクシーが1%、鉄道が26%で、乗合交通計は33%となっている。全国ベースでみれば、先進国では例をみない鉄道分担率の高さから、移動の3分の1を乗合交通が担っていることがわかる。

 ところが、四国では、輸送人キロの分担率は自家用車89%に対し、バス6%、タクシー0.4%、鉄道5%を合わせて乗合交通は11%しかない。輸送人員では、自家用車94%に対し、バス1%、タクシー1%、鉄道3%を合わせて、乗合交通はわずか6%。バス・鉄道利用は県庁所在地やそれぞれの間の移動が占める割合が大きいので、それを除いた四国における移動に占める乗合交通の分担率は、輸送人キロでみるにせよ、輸送人員でみるにせよ、せいぜい数%といったところであろう。

 比較対象として、2009年度(なぜこの年度を選んだのかは後述する)の数値も示したけれども、輸送量自体が増えるなか、全国ベースではほとんどシェアは動いていない。一方、四国では同じ期間、全国と同様に輸送量が増えたなかで、バス利用が激減し、自家用車のシェアがさらに上がったことがわかる。

 四国の場合、県庁所在地や一部の都市を除き、もはや、移動手段は自家用車に限られる状況にあるといってよいだろう。データで見る限り、移動が人間にとって不可欠ではあっても、それを実現する手段としての乗合交通は、ほぼ使命を終えた存在となっている。大都市圏を除けば、四国以外の地域でも事情が変わるとは思えない。

 もちろん、このような状況は望ましくないので、自家用車利用を抑制し、乗合交通の利用を促進すべきという主張はありうる。ところが、「中間とりまとめ」を読んでも、自家用車より乗合移動手段のほうが望ましいという説得力ある議論は提示されていない。

 逆に、おそらくその意図に反し、「中間とりまとめ」は、自家用車利用の優位性を暗に認めている。乗合交通に付いて回る問題である、乗り降りするところから目的地までのいわゆる「ラストマイル」に対処する必要性を唱えているけれども、そもそも自家用車を利用すれば、そんな問題は存在しない。しかも、「中間とりまとめ」が乗合交通のさらなる衰退を食い止めねばならないと考えている地域は、渋滞とも駐車場難とも無縁なのだ。

 「中間とりまとめ」は「地域公共交通は地域の暮らしと産業に不可欠な基盤的サービスであるとの認識を共有した上で……施策の整理を行った」とある。しかし、部会メンバーに共有された「認識」というのは、データに基づく客観的事実の認識ではなく、信念といったほうがよいように思える。

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筆者

福井義高

福井義高(ふくい・よしたか) 青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授

青山学院大学大学院国際マネジメント研究科教授。1962年生まれ、東京大学法学部卒、カーネギー・メロン大学Ph.D.、CFA。85年日本国有鉄道に入り、87年に分割民営化に伴いJR東日本に移る。その後、東北大学大学院経済学研究科助教授、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助教授をへて、2008年から現職。専門は会計制度・情報の経済分析。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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