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トム・クルーズの新たな挑戦――『アウトロー』の“斬新でアナログな”面白さ

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 公開中の『アウトロー』を、東京・吉祥寺のバウスシアターで見た。トム・クルーズ主演の新たなアクション・シリーズ第1弾だが、なかなかの出来ばえで、最後までスクリーンに集中できた(“洋画不振”の表れか、それとも単に平日の午後だったからか、観客は10人ほどだったが)。

 トム・クルーズ扮するのは、“正義を執行する一匹狼”、ジャック・リーチャー。同じく超人的なキャラながら、前シリーズ『ミッション:インポッシブル』(1996~)でクルーズが演じたイーサン・ハントのイメージを断ち切った、既視感ゼロのユニークなヒーローぶりに魅せられる。

 そして、念入りに書き込まれた脚本/プロットがきわめて秀逸、また、暗さを主調にした画面の雰囲気も、動きすぎないカメラもサスペンスを高めている(監督:クリストファー・マッカリー、原作:リー・チャイルドの小説「ジャック・リーチャー」シリーズの9作目、「アウトロー」)。

<あらすじ&若干のコメント(以下、部分的なネタバレあり):ピッツバーグ近郊で、互いに無関係な5人の男女が射殺される。白昼堂々の無差別(?)殺人だ。警察は元米軍スナイパーのジェームズ・バー(ジョセフ・シコラ)を逮捕する。犯行現場の駐車場に残されたコインの指紋、薬莢(やっきょう)、外れた弾丸など、すべての証拠が揃っていた。が、黙秘し続けていたバーは、突然「ジャック・リーチャーを呼べ」と紙に書く――。

 ジャック・リーチャーとは、元陸軍の秘密捜査官で、2年前に除隊して以来、消息を絶っている人物だった。そして警察を困惑させたのは、リーチャーが運転免許の取得歴もなければ、クレジットカード、携帯電話、電子メールも使わない男だったからだ(むろん作り手の側からすれば、こうしたシンプルな人物設定は、デジタル通信機器やハイテク装置の発達によって映画から失われつつある、人間のナマの身体的アクション、頭脳や眼力による推理力・観察力のリアルな描写を取り戻すためのアイデアだ)。

 さてしかし、リーチャーは警察の前に忽然(こつぜん)と姿を現わす(こうした観客の不意をつくヒーローの出現ぶりは、クリント・イーストウッドの傑作西部劇『ペイルライダー』<1985>を連想させる)。そして、リーチャーはやがて、バーを犯人だとする警察の主張に矛盾点があること――バーが狙撃に際してなぜ敢えて狙いにくい逆光を選んだのか、などなど――に気づき、一見単純に思われた事件の背後に複雑な真相が隠されていることを知る(観客は前半で真犯人がバーではないことを知る)。

 だが、そんななか、リーチャーと彼の雇い主であるバーの弁護士ヘレン(ロザムンド・パイク)に魔の手が迫り、

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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