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台湾巨匠傑作選が東京・新宿でスタート!(1)――エドワード・ヤン監督の比類なき家族群像劇、『ヤンヤン 夏の想い出』(上)

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

 その早すぎる死が惜しまれてならないエドワード・ヤン(楊徳昌:1947-2007、上海生まれ)。ホウ・シャオシェン(侯孝賢:1947-)とともに、80年代初めに監督デビューした台湾ニューウェイブの旗手であり、中国語圏映画を代表する名匠の一人である。

エドワード・ヤン監督=2000年拡大エドワード・ヤン監督=2000年
 ホウが田園地帯を舞台にした恋愛映画や現代史映画の傑作を撮り、名声を確立したのに対し、エドワードは、60年代~現代の台湾の都市にひそむ暗部を鋭い切り口で描き出し、高い評価を得た。

 『恐怖分子』(86)、『牯嶺街少年(クーリンチェ)少年殺人事件』(91)、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)、『カップルズ』(96)などである(ホウ・シャオシェンも、90年代後半以降は『憂鬱な楽園』(96)、『珈琲時光』(03)といった現代劇の傑作を撮るが、今回の台湾巨匠傑作選(東京・新宿K's cinema)で上映されるこの2本については、近々紹介する予定)。

 ここではまず、本特集における唯一のエドワード・ヤン作品、『牯嶺街~』とならぶ彼の最高傑作、『ヤンヤン 夏の想い出』(2000、173分、事実上の遺作)を取り上げる。――多くの人物が入れかわり立ちかわり登場する、現代の台北(タイペイ)で暮らす5人家族を中心に展開される群像劇だが、おそらく、ジャン・ルノワール『ゲームの規則』(39)やロバート・アルトマン『ウェディング』(78)を意識したと思われる、その多焦点的な作劇が素晴らしい。

 ただしこの映画で描かれるのは、波乱万丈のドラマではない。終盤では作中人物の一人が殺人事件さえ起こすが、それとてテレビのニュースで報じられるだけだ。

 メインに描かれるのは、45歳の父・NJ(ウー・ニエンチェン)、40歳の母・ミンミン(エレイン・ジン)、祖母、15歳の娘・ティンティン(ケリー・リー)、そして8歳の息子・ヤンヤン(ジョナサン・チャン)らが送る、日常生活の断片である。

 より具体的には、彼・彼女らの身の上に起こる悲喜こもごもの出来事が、ゆるやかに流れる時間のなかで、おおむね抑えたタッチでつづられる。いってみれば、こともなげに見えたヤンヤン一家の日常に不意に波風を立てる、いくつかの小波乱がそのつど物語の節目となるドラマ構成だ。

 そうした小波乱は、冒頭で描かれるヤンヤンの叔父=父の弟・アディの結婚式ですでに起こる。叔父の元恋人が血相変えて式場にやって来て、甲高いキンキン声でわめきちらし、ちょっとした騒動になるのだ。しかし、彼女の逆上はやがて収まり、物語は、というか映画は、しばらく淡々と進行していくが、やがて新たな小波乱が起こる。

 前述のごとく、この繰り返しが『ヤンヤン~』の作劇の基本である。むろんそれらの小さな事件は、一家の全員の身の上に、相前後して、あるいは同時に起こるゆえ、ドラマのあり方はおのずと多焦点的となる。

 開巻まもなく結婚式場のエレベーターの前で、ヤンヤンを連れた父・NJは偶然、昔の恋人シェリーに出会う。シェリーは笑顔を浮かべ、NJとちょっと言葉を交しただけでその場を去る。

 が、彼女はすぐに戻ってきて、 ・・・ログインして読む
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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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