東京のプロダクションの志に期待したい
2015年03月17日
素晴らしい舞台に出会った。そして日本のミュージカル上演史に記録されるべき輝かしい成果に立ち会った。富山市民文化事業団主催の『ショウ・ボート』(3月12~15日、富山市・オーバード・ホール)である。
『ショウ・ボート』といえば1927年に初演された歴史的名作。なにしろ、それまでの軽くて楽しいミュージカル・コメディーの常識を覆し、人種差別などの社会的なテーマや40年にも及ぶ骨太な人間模様を描いて、ミュージカルの可能性を革新的に広げた「金字塔」だ。
今日のミュージカル隆盛は、ここに始まったと言っても過言ではない。
しかしこの大作は、日本の興行界ではこれまで宝塚歌劇団が上演したのみで、男女が共演する本格的な公演は行われたことがなかった。
この舞台は、2014年1年間に東京で上演されたどのミュージカルよりも優れている。
富山は「オーバード・ホール名作ミュージカル上演シリーズ」を2011年から始め、今回で第5弾となる。
2作目に上演した『ハロー・ドーリー!』もブロードウェイのロングラン記録を作った大ヒット作だが、日本語で上演されたことがなく、富山が初演となって話題を呼んだ。
当時、朝日新聞の演劇記者だった私はそれを観劇して、「地方発の快挙」と書いた(2012年2月21日付「朝日新聞」文化面)。『ハロー・ドーリー!』はその翌年に東京芸術劇場で再演され、専門誌「ミュージカル」年間ベストテンの2位に選ばれるなど、高い評価を得ている。
今回の『ショウ・ボート』はそれを上回る達成と言え、「地方発の偉業」とでも呼びたい。
このレベルの高さはまず、第一線で活躍する俳優が集まったところにある。
地元出身の元・宝塚トップ剣幸(つるぎ・みゆき)がシリーズ初回から出演しているのを始め、今回は土居裕子、岡幸二郎ら高い歌唱力を誇るキャストがそろった。地元のアマチュアを加えたアンサンブルに至るまで質が高く、合唱・群舞も聴きごたえ、見応えがあった。
大河に浮かぶ劇場船など、壮大な物語世界を顕現させた豪華な舞台美術(土屋茂昭)。ストーリーのよさを丁寧に引き出し、洗練された舞台に仕上げた演出・振付のロジャー・カステヤーノの功績も大きい。その総合力により、ノスタルジックな叙情性を帯びた傑作に仕上がった。
ジェローム・カーン作曲、オスカー・ハマースタインII世作詞・脚本による『ショウ・ボート』は、船内にしつらえた劇場で芝居を上演する「劇場船」を題材に、そこで働く芸人らの人生の流転を追った、息の長い物語だ。
これが初演当時、いかに画期的だったか。
ここに描かれる結婚生活の破綻、人種差別、黒人の労働、賭博やアルコール中毒といった仮借ない現実は、ミュージカルには不向きな題材だと思われていた。
そもそも40年もの歳月にわたる深い物語をミュージカルが表現できるとは、それまで誰も夢想だにしなかった。ブロードウェイ公演の初日に立ち会った製作者の秘書によれば、歴史的なその夜、喝采は起こらず、観客は終始無言であったという。新奇なものに観客は反応できなかったのだ。
舞台は1887年、アメリカ南部はミシシッピ川沿いの町ナチェズの波止場に、劇場船「コットン・ブロッサム号」が碇泊する場面から始まる。アンディ船長(浜畑賢吉)の若い娘マグノリア(土居裕子)は、流れ者の賭博者ゲイロード・ラヴナル(岡幸二郎)と出会い、互いに一目で恋に落ちる。この二人の愛が本筋をなす。
一方、スティーブとジュリー(剣幸)の夫婦は一座の看板役者だが、ジュリーは外見こそ白人に見えるものの実は黒人の血を引いており、白人と黒人の結婚を禁じた州法違反の容疑で保安官が捜査にくる。スティーブの機知でその場は切り抜けるが、二人は下船してすさんだ放浪生活を余儀なくされる。ここに黒人差別のテーマが盛り込まれている。
しかし賭博で身を立てるゲイロードの強運がいつまでも続くはずがなく、当初こそ羽振りが良かったもののいずれ破産、ゲイロードは娘の学費を置いて蒸発する。
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