キャサリン・ハーカップ 著 長野きよみ 訳
2017年02月16日
こんな手があったのか、とただ感心するだけ。
『アガサ・クリスティ—と14の毒薬』(キャサリン・ハーカップ 著 長野きよみ 訳 岩波書店)
クリスティーのミステリーでは、もちろん殺人事件が多く起こり、その犯人探しが重要なポイントとなる。もちろん詐欺や盗みもあるけれど、殺人が主な事件となるのは言うまでもない。
その殺人事件でひときわ目立つのは毒殺である。撲殺や、銃を使った殺人もあるけれど、やはり毒薬を使った事件のほうが、何というか「深みがある」ような気がする。毒薬が人を死に至らしめる経過が大いに謎めいているからだろうか。同時に、毒薬は効き目が出るのに時間がかかるものがあり、胃の中に食べたものが残っているか、あるいは空腹かで、その時間にも違いが出る。
もちろんクリスティーが薬品、毒薬に関して並々ならぬ知識を持っていたことが重要で、彼女は病院で看護師の仕事をしたことがあり、続いて調剤師の資格を獲得しているのである。これが作品の執筆にあたり、大いに役立ったことは言うまでもない。毒と一口で言うけれど、その中には薬として使われるものがあるから、物語を複雑にするのに大いに役立つのである。
本書はイギリスのサイエンス・ライターの手になるもの。砒素(ヒ素)に始まり、ベロナールという毒薬まで14種類の特徴を詳しく解説しつつ、作品とのかかわりを跡付けている。なるほどこんな手があったかと感嘆するほどの出来栄え。人気ミステリーの背後に隠された科学的知識を摘出しつつ、クリスティーの物語を深く味わう手段を教えてくれる。
しかし、まあ一般の読者はここまで踏み込む気持ちはあまりないだろうし、下手をすると、あの鼻持ちならぬ「シャーロッキアン」のようになる危険性もある。ところが本書はそこをうまくかわして、14の毒薬の特質をわかりやすく解説してくれる。ただし、通読よりも、クリスティーの作品の参考書として拾い読みするほうが向いているかもしれない。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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