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斎藤貴男さんに訊くプロ野球・平成・自由と強制

井上威朗 編集者

応援団長の本に書かれて嬉しかった

――書き手として野球をテーマにしたことはあるんですか?

斎藤 もともとは経済畑だから関係なかった。でも「週刊文春」の記者時代は、いろんなジャンルを扱えたから。それで、西武と近鉄のプレーオフを取材する企画で、「貴男ちゃんは近鉄ファンだから、近鉄側ね」ということで密着取材をやらせてもらったのが最初かな。

――週刊誌の野球取材初体験の記者がいきなり行って、相手にしてもらえるものなのですか。

斎藤 うん。近鉄はやたらオープンでさ、有名な広報の方がグラウンドにも練習場にも入れてくれて、かなり食い込んだ取材ができた。選手もコーチもちゃんと話してくれたし。金村義明さんなんて、ケガして試合に出られない時期だったのに、すごく親切にしてくれた。

 一方の西武のほうは、なんせ“管理野球”だからね。そっちを担当した記者は満足に取材できなかったらしくて、それぞれが半分ずつ書いた記事は、近鉄の部分のほうが、つまり俺の取材した部分の圧勝でしたよ。もっとも、それはいかにも近鉄バファローズらしい大らかさのおかげだったんで、俺の取材力が勝った、という話でもなんでもないんだけどさ。

 そのあと、阪急が身売りして、関西私鉄が経営する球団がどんどんなくなっていく、っていうテーマでも近鉄を取材したんだけど、よく対応してもらった。だからもともと好きだった近鉄が、取材を通じてもっと好きになったんだよ。赤いユニフォームもかっこよかったしね。

――取材も応援も楽しそうで、いい時代ですね。

斎藤 近鉄の有名な応援団長で、佐野正幸さんという人がいたんだよ。阪急監督時代の西本幸雄さんに熱烈な手紙を書いて知り合いになり、西本さんが近鉄に移ったら近鉄を応援するようになって、そのまま近鉄百貨店に勤めてたんだよね。

佐野正幸さん スポーツライター拡大スポーツライターとしても活躍した佐野正幸さん 
――百貨店に勤めながら応援団長ですか。すごい人ですね。

斎藤 その応援ぶりを取材して記事にしたんだ。その後、佐野さんはご自身で本を書かれるようになったんだけど、本の中で俺のことを書いてくれた。「当時から鋭い質問をくれる人だった」って。それは励みになったね。

――相手の喜ぶことを書くわけではないのに、褒めてもらえるのは嬉しいことですよね。でも、近鉄球団は消滅してしまいます。

斎藤 うん。そのうえ、球団を経営するのがどんどんIT企業になっていって、俺にとってのパ・リーグの魅力っていうのがなくなっちゃったんだよね。これも産業構造の変化だから、仕方がないことでもあるし、だったら何を観ようか、と。そんなときに、弱い広島がいたんだよ。

――最近の戦いぶりを観て思い出しましたが、そういえば数年前まで、本当に弱いチームでしたものね。

斎藤 でも、ずっと気になる存在ではあった。近鉄と同じで「リーグのお荷物」と言われていたし、野球漫画でも無視されていたし。魅力的な選手もいろいろいたんだけど、なぜか放出しちゃうんだよね。

――オーナー球団なので、外からはわかりづらい諸事情でトレードされてしまうんですよ。

斎藤 そうなると交換先から足もとを見られてしまう。

PL学園の金石昭人投手1978年拡大PL学園時代の金石昭人投手=1978年
――はい。来てくれる選手には悪いんですが、かつてカープのトレードは本当に失敗が多かった。先に放出ありき、だったらそうなりますよね。また出て行った選手は大活躍するので、本当に悔しいったら。水谷、山根、白武に高橋慶彦、そして金石……。悲しい記憶ばかりです。

斎藤 金石昭人投手ね。取材でその名前が出てきたのを思い出したよ。2017年に『健太さんはなぜ死んだか――警官たちの「正義」と障害者の命』(山吹書店)という本を出したの。佐賀で知的障害を持つ人が警官に5人がかりで暴行されて亡くなってしまった話を取材したのだけど、その亡くなった安永健太さんのお父さんが、中学野球で優勝したチームの4番打者だったんだって。それでPL学園のセレクションを受けた。そのとき一緒だったのが、牛島和彦と香川伸行。

――ええっ。あのドラゴンズのリリーフエースだった牛島と、ドカベン香川ですか。浪商に行く前、PLを受けていたんですね。

斎藤 その2人もお父さんも落ちたんだけどね。でもお父さん、試験でホームランを打ってるんだよ。そのときバッティングピッチャーだったのが、補欠だった金石。お父さん、一生の自慢だって言ってた。でもあの金石が補欠だった、っていうのには驚いたね。

――なぜ斎藤さんは広島カープに肩入れするようになったのかをうかがっていたはずが、いつの間にかPLの選手層がすごい、という話になってしまいました。

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筆者

井上威朗

井上威朗(いのうえ・たけお) 編集者

1971年生まれ。講談社で漫画雑誌、Web雑誌、選書、ノンフィクション書籍などの編集を経て、現在は科学書を担当。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです