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必見! 黒沢清『スパイの妻<劇場版>』――映画内映画、箱、廃墟など

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

<箱状の小道具>の重要な役割

 『スパイの妻』で優作の撮った女スパイの映画は、少しあとの――アメリカの対日輸出制限が始まり、日米開戦が間近に迫った時期の――福原物産の忘年会の場面でも映写されるが、この<映画内映画>でいまひとつ重要なのは、金庫という<箱状の小道具>が重要な物語的役割を果たすことだ。

 というのも、その<映画内映画>の中で聡子が扮した女スパイは、前述のごとく、何らかの秘密が隠されているらしき金庫を鍵で開けるが、金庫の開閉は、『スパイの妻』のいわば<地の部分=本体>でも、聡子によって2回、優作によって2回、つまり計4回反復される。

 物語の順序にそって言えば、まず優作が、くだんの国家機密を詳細に解説したノート(原本と英訳版)を、福原物産の金庫に仕舞い、鍵をかける(優作が真相を聡子に語る直前)。その後、聡子は優作の留守中に福原物産を訪れ、金庫を開け、ノートとフィルム――くだんの「記録フィルム」――を自宅に持ち帰り、そのフィルムを観る(観客にとっては、その「記録フィルム」も<映画内映画>だ)。

 そして聡子は或る思惑から、憲兵隊本部に行き、分隊長の津森泰治(東出昌大)にノートを渡す、という大胆な行動に出るが、そのために文雄は憲兵に逮捕され拷問にかけられる。2回目に金庫を開けた優作は、ノートとフィルムが盗まれていることに気づくが、直後、憲兵に連行されてしまう。

福原優作(高橋一生)と津森泰治(東出昌大) ©2020 NHK, NEP, Incline, C&I ©2020 NHK, NEP, Incline, C&I拡大福原優作(高橋一生、左)と津森泰治(東出昌大、右) ©2020 NHK, NEP, Incline, C&I ©2020 NHK, NEP, Incline, C&I

 後半の、聡子が2回目に金庫を開ける場面で、彼女は、英訳版ノートとフィルムを手元に残していたことを優作に告げ、やがて二人はアメリカへの亡命の準備を始める。そして終盤の、「記録フィルム」の所在を突きとめた憲兵隊の前で聡子がそれを映写するシーンでは、聡子ともども観客は快哉を叫ぶだろう(観てのお楽しみ)。さらに

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

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