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大逆事件から110年、『太平洋食堂』が現代の自由を問う

言論弾圧、無批判な服従の危うさ、演劇が照らす過去と現在

嶽本あゆ美 劇作家・演出家、演劇ユニット「メメントC」主宰

現代のIR問題に重なる、大石の遊郭反対

 大石の周囲には非戦や社会改良という一点で結びついた仲間が居た。

 日露戦争後に新宮で遊郭誘致運動が起きると、新宮の浄土真宗僧侶の高木顕明(けんみょう)、キリスト教牧師の沖野岩三郎らと協働し、性の売買に反対した。医師と僧侶と牧師による連帯というのも面白い。

拡大新宮グループとされ、大逆事件の犠牲になった(前列左から)大石誠之助、峯尾節堂、(後列左から)崎久保誓一、高木顕明。大石は死刑、残る3人は無期懲役になった=1909年ごろ撮影、新宮市立図書館提供
 当時、和歌山県議会が遊郭設置による経済効果を真面目に論じている所は、今のIR(カジノを含む統合型リゾート)問題とそっくりだ。

 またその頃、後に幸徳秋水の恋人となる管野須賀子(スガ)が牟婁新報の編集長代理を務めていて、社会の不正や女性差別を糾弾した。彼女が和歌山であげた声の鋭さは現代でも全く錆びることはない。けれども残念ながら公認遊郭は新宮の速玉大社の横に開業し、たいそう賑わった。しかし大石らは負け続けながらも声をあげる事を止めなかった。

 私が大石に出会ったのは2005年、中上健次没後10周年に演劇集団円が上演した舞台『オリュウノオバ物語』 の脚本を執筆したからだ。中上の小説『千年の愉楽』が原作で、岸田今日子さんが主演した(大橋也寸演出)。小説世界の土台となっているのは大逆事件後の新宮の路地。そこにはドクトルや、路地の人々を慈しんだ浄泉寺住職だった高木顕明の記憶が今なお生きていた。

 大石の最大の魅力はシニカルで独特なユーモアにある。

 「人類は石器時代から不平不満を積み重ねて進化した」とのたまい、「真に愛し合っていない夫婦など破壊せよ」と家庭破壊論を書き、日露戦争の勝利で万歳三唱が響く時、「アブナーイ」と叫んだ。何と愉快な人なのだろう。皮肉の中にも、弱く小さい者への優しい眼差しが感じられる。

 新宮では大石と共に活動した6名が、大逆罪の被告として死刑、無期、有期懲役の有罪判決を受けた。そして量刑にかかわらず、全員が無念の死を遂げた。なぜ彼らは大逆罪で死なねばならなかったのか?

 様々な資料から最初の戯曲を書きあげたのが2009年。その後も取材と改稿を繰り返し、ようやく2013年に初演することができた。

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筆者

嶽本あゆ美

嶽本あゆ美(だけもと・あゆみ) 劇作家・演出家、演劇ユニット「メメントC」主宰

1967年静岡県生まれ。武蔵野音楽大学器楽科を卒業後、劇団四季技術部へ。退団後、フリー脚本家として堀田善衞の小説の舞台化やミュージカルまで幅広い作品を創作する。川辺川ダム問題を描いた「ダム」(藤井ごう演出)で日本劇作家協会新人戯曲賞、文化庁芸術祭優秀賞受賞。主な作品に「かつて東方に国ありきー堀田善衞『漢奸』より」「プロキュストの寝台」「安全区/Nanjing―堀田善衛『時間』より」「かくも碧き海、風のように」。女人往生環シリーズ「パターチャーラー」「韋提希」では伝統芸能奏者、フェミニズム研究者と創作活動を続ける。著書に『演劇に何ができるのか?』(妹尾伸子・堀切和雅と共著、アルファ・ベータ・ブックス社)、嶽本あゆ美戯曲集『太平洋食堂』(ハーベスト社)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです