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必見! エリック・ロメール特集(下)――豊潤なエロス、<偶然/賭け>…

藤崎康 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

『モード家の一夜』(1969、「六つの教訓話」第3話(*)、長編、モノクロ)

*本作は第4話の『コレクションする女』(1967)より早く構想されていた

『モード家の一夜』拡大『モード家の一夜』 ©Eric Rohmer/LES FILMS DU LOSANGE

 男性主人公が二人の女にほぼ同時に惹かれるといった、ロメール恋愛劇の典型的シチュエーションに、<偶然/賭け/運>をめぐる宗教談義や哲学談義をまぶした名品だが、二人の魅力的な女に対する、むっつり顔をした敬虔なカトリック信者である堅物の主人公/語り手(ジャン=ルイ・トランティニアン)の言動が、笑いが喉につかえるような異様なおかしさだ(ロケ地は冬のクレルモン=フェランだが、この中部フランスの都市の雪景色や室内の明暗を撮りおさえるアルメンドロスの撮影が絶品。また本作でも、名前が明らかにされないエンジニアの主人公/語り手のモノローグがじつに効果的)。

 ──ある夜、<偶然>にも主人公は、美しい未亡人モード(フランソワ・ファビアン)の家に泊まる。モードは挑発的な態度で主人公をベッドに誘うが、そこでの彼の煮えきらないグズグズぶりはケッサク(観てのお楽しみ)。主人公はいっぽうで、教会のミサで若い女フランソワーズ(マリ=クリスティーヌ・バロー)を見初め、彼女は私の妻になるだろう、なぜなら、それは神の摂理だからだなどと独白する(!)。

 やがて主人公は、フランソワーズに再会することが神の恩寵であり、機会/幸運(chance:シャンス<仏語>)である、などと自分に言い聞かせ、彼女に出会うべく、『モンソー』の主人公のように街中を歩き回り、あるいは車を走らせる(車を運転する主人公の視点からのカメラの前進移動撮影も見事)。また主人公が街で見かけたフランソワーズを尾行するところは、ヒッチコックの『めまい』(1958)を連想させるシーンだ(ロメールは大のヒッチコック狂=ヒッチコキアンであった)。

 そして、ついに主人公が街でフランソワーズに声をかける場面で

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筆者

藤崎康

藤崎康(ふじさき・こう) 映画評論家、文芸評論家、慶応義塾大学、学習院大学講師

東京都生まれ。映画評論家、文芸評論家。1983年、慶応義塾大学フランス文学科大学院博士課程修了。著書に『戦争の映画史――恐怖と快楽のフィルム学』(朝日選書)など。現在『クロード・シャブロル論』(仮題)を準備中。熱狂的なスロージョガ―、かつ草テニスプレーヤー。わが人生のべスト3(順不同)は邦画が、山中貞雄『丹下左膳余話 百万両の壺』、江崎実生『逢いたくて逢いたくて』、黒沢清『叫』、洋画がジョン・フォード『長い灰色の線』、クロード・シャブロル『野獣死すべし』、シルベスター・スタローン『ランボー 最後の戦場』(いずれも順不同)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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