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『アタック25』はなぜ終わることになったのか?~そのクイズ番組史的意味

太田省一 社会学者

視聴者参加型クイズ番組の系譜

 テレビの歴史は、クイズとともにあると言っても過言ではない。つい答えを考えたくなるクイズは、視聴者の興味を引くのに手っ取り早い方法なのだろう。

 テレビ草創期からすでに、身振り手振りを見て答えを当てる『ジェスチャー』(NHK、1953年放送開始)のような人気番組があった。柳家金語楼や水の江瀧子など芸能人がチームに分かれ、競い合う。長寿番組だった『連想ゲーム』(NHK、1969年放送開始)なども、クイズの内容は異なるものの、その点は同じである。

NHK『ジェスチャー』の司会者・小川宏アナ(中央)をはさんで話をする柳家金語楼(左)と水の江瀧子=1961年拡大NHK『ジェスチャー』の司会者・小川宏アナ(中央)をはさんで話をする柳家金語楼(左)と水の江瀧子=1961年

 一方でクイズ番組には、視聴者参加型のものがある。このタイプの人気番組も、『クイズグランプリ』(フジテレビ系、1970年放送開始)など数多くあった。クイズの形式としては、雑学的な一般教養の知識を競う早押しクイズである。

 さらに同時に、テレビならではの視覚的な面白さに訴えるゲーム性を前面に出したものも、盛んに制作されていた。解答者席が滑り台になっていて、間違えるとその台が少しずつ上がっていき、解答者が台から落ちると失格になる『ダイビングクイズ』(毎日放送、NET[現・テレビ朝日]系、1964年放送開始)、1分間で計12問のクイズに答え、正解が3問以下だと解答者の椅子がぐるぐる回る『クイズタイムショック』(NET[現・テレビ朝日]系、1969年放送開始)などが、それに当たる。

 早押しクイズにオセロゲームの要素を加えた視聴者参加型番組(芸能人大会が開催されることもあるが)の『アタック25』は、両者を融合させたものと言える。そしてこのスタイルは、『アタック25』も始まった1970年代にはクイズ番組の王道になった。たとえば、福留功男の司会で1977年に第1回が放送された『アメリカ横断ウルトラクイズ』(日本テレビ系)も、解答者がアメリカを横断しながらさまざまなクイズを勝ち抜いていくというスケール感は類を見ないようなものだったが、視聴者参加型で早押しクイズが基本という点では、ベースは変わっていない。

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筆者

太田省一

太田省一(おおた・しょういち) 社会学者

1960年、富山県生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。テレビ、アイドル、歌謡曲、お笑いなどメディア、ポピュラー文化の諸分野をテーマにしながら、戦後日本社会とメディアの関係に新たな光を当てるべく執筆活動を行っている。著書に『紅白歌合戦と日本人』、『アイドル進化論――南沙織から初音ミク、AKB48まで』(いずれも筑摩書房)、『社会は笑う・増補版――ボケとツッコミの人間関係』、『中居正広という生き方』(いずれも青弓社)、『SMAPと平成ニッポン――不安の時代のエンターテインメント 』(光文社新書)、『ジャニーズの正体――エンターテインメントの戦後史』(双葉社)など。最新刊に『ニッポン男性アイドル史――一九六〇-二〇一〇年代』(近刊、青弓社)

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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