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「娘が語る、つかこうへい」愛原実花×長谷川康夫対談〈下〉

いまも、生きている。すぐそばで

長谷川康夫 演出家・脚本家

 連載「つかこうへい話Returns」の筆者の長谷川康夫さんとつかさんの娘で俳優の愛原実花さんによるカーテンコール対談も最終回です。愛原さんを本名の「みな子」と呼ぶ長谷川さん。今回は「ずっと聞きたかった」という話から――。

 〈上〉〈中〉から続きます。

「語られた」娘が背負ってきたこと

つかこうへい(左)と愛原実花

 やっぱりどうしても聞いておかなきゃならないのは、『娘に語る祖国』のことかな。なんだかすっかり、つかこうへいの代表作みたいなことになっちゃってるし、やっぱり「語られた」ほうとしてはどうなの?……って言いたくなる。

『娘に語る祖国』 つかこうへいが幼い娘に語りかけるスタイルで、初めて、在日韓国人である自身についてつづった本。1990年10月に光文社から刊行され、大きな話題になった。現在は光文社文庫に収録されている。

 うまく説明できるかなぁ……。

 初めて読んだのはいつ頃?

 小学生ぐらいの時……子供心に何だか覚悟して……いやその言葉が正しいかどうかわからないけど、やっぱり父の他の本を読むのとは違った気持ちで手に取った。

 僕なんかはほら、つかこうへいのひとつの「作品」として読むわけで、つかさんお得意の自分を主人公にしたフィクションの部分もいっぱいあるし、ああいい話だった、面白かったで終わるんだけど。世の中の人は、つかこうへいが自分の胸の中にある心情……何より国籍についてを、娘に語りかける形で初めて世間にさらしてみせたという部分をことさら評価してしまう。そこが僕には、どうも引っかかる。

 最初に読んだ時は、まぁ私への手紙みたいな形ですから、子供ながらに真剣に読んで、最初に話したように、ただただ自分のことを愛してくれているんだってことが伝わってきて、単純にうれしかった。

H そうか。

A もちろん、大人になるにつれて、国籍などに関する父の思い、胸の奥にあった私に伝えたいことなんかを、他の人が「作品」として読むのとは違って、やっぱりしっかり受け止めて考えるようになって、それはよかったなぁと思います。父は自分がああいう形でしか娘に伝えられないことがわかっていたんでしょうから……でもね、それによって私が考えたことを、あえて外に向けて語るような立場に私はいません。

 それはみな子がすることじゃない……か。

 ただ、今改めて長谷川さんから聞かれると、あの本の中で「祖国とはお前の美しさだ」みたいなこと言われてるじゃないですか。それはどこか、呪いのように私にかけられた言葉なんです(笑)

 呪い?

 いや、言葉はちょっと違うかな。悪い意味じゃないんです。ようするに私は父からずっと「美しくいろ」と言い続けられているってことです。それも外見の美しさじゃない。人としてのやさしさというか、立派にならなくても、偉くならなくても、心の美しい人になれってことなんです。それこそ「宝塚」の「清く正しく美しく」です。これが父からの呪い……いや、やっぱり言葉が悪いですね。なんだろう……あ十字架かな。あの本のおかげで、私はいい意味での十字架をずっと背負ってるんです。

 ちょっと安心した。プレッシャーをかけると宣言した僕が言うのもなんだけど、もしかしたら『娘に語る祖国』は、みな子にものすごく重いものを背負わせてしまってるんじゃないかと思ってたから。でもそれが重荷ではなく、何か託されたものだって感じてるんなら、心配することなかった。

 もちろん、託されたところで、その通りやれるわけじゃないけど、そうありたい、父の期待に応えたいとはずっと思ってます。そして私がそこから外れそうになったとしても、父とつながっていた皆さんが、つかこうへいの娘ってことでちゃんと見ていてくれて、きちんと正してくれたり、引っ張ってくれたり、こんな機会を作ってもらって、自分から話すことでもう一度思い出させてくれたり……本当にいいタイミングで示してくださるから、私は前を向いて生きていられると思うんです。

つかこうへいは引き寄せて、つなぐ

対談する長谷川康夫と愛原実花

 長谷川さんが「つかこうへいの一番の才能は、自分に必要な人間を引き寄せる力だ」っていうようなこと書かれてるじゃないですか。たぶん父にとって、娘のために必要だと思う方々が、しっかり周りにいてくれるんです。それもまた、父の持つ「必然」ってことかも。

 その引き寄せる力は、今でも続いているんだよ。僕らも、つかこうへいという存在があったから、ただの劇団仲間というだけじゃなく、みんながこんなにも仲良く何十年もいられるんだと思う。他の劇団の連中なんかにはなかなか理解してもらえない、特別な関係だから。

 引き寄せた上で、つなぐ力かな。

 うん。そうそう……どこか家族に近いようなところがあるものね。たとえばみんなと会って、「みな子がこの間、あの舞台に出ていた」なんて話になるときも、知り合いの女優さんってことではなく、なんだか姪っ子かなんかの話をするような気持ちになってるからね。つかさんのことも、思い出して懐かしむという感覚ではなくて、最近会ってないけどどうしてるかなぁ、みたいな感じで、会うと、つかさんの話が大半を占めちゃう。この連載も、みんなしっかり読んでくれていて、もう終わるんだって言ったら、残念がったしね。カーテンコールとしてみな子と対談するなんてことはまだ話してないけど、知ったらすごく喜んでくれると思う。

 みなさん、それぞれの出会いも含めて、ものすごく濃い時間を父と一緒に過ごされてますもんね。

 あ、つかさんの若い頃の話なんて、僕の本以外では聞いたことなかったわけでしょ?

 ええ、まったく。

 若かりしつかこうへいを知って、どう思った?

 なんだろう……うーん、嬉しかった……すごく嬉しかった。

 ただ想像つかないかもしれないな……普通の人が読んだって、こんなことあるの?って話ばかりだから……、ましてや、そんだけ優しいお父さんしか知らない娘にしてみたら、ええーっ!と思うんじゃない?

 思ったけど、でも、すごく愛おしいっていうか……若い頃の父に対して何とも言えない愛おしい気持ちになりました。

 魅力的であることは間違いないものね。

 何度も聞いてきた父の人を引きつける力……それがよくわかった。色んな意味で(笑)

 父の書いたもので「娘の誕生日にはあえて一緒にいないことにしている。自分のいちばん大切な日は役者と飲むようにしている」ということがあるじゃないですか。きっと「その可愛い娘の誕生日にお前と飲みにきてんだ」って、あえて相手にわからせるのが父なんですよね。みなさんからよく聞かされる「人たらし」の技みたいなもので、そのためには家族さえも使う。「本当は、ディズニーランド行きたいって言ってるんだけど、涙をのんでお前とこんな店に来てるんだぞ」とかね。「ええ?そんな日に私と……」と相手は思うのだろうけど、いや、ディズニーランドなんかとっくに連れてってもらってるし、誕生日のケーキだってしっかり買ってきてくれてる。ああ、つかこうへいってのは、そういう人なんだなぁって……。

 父親のことをよくわかってらっしゃる(笑)

 でも、それがすごく愛おしく思えるのは、若い頃からの父の姿を、長谷川さんがちゃんとよみがえらせてくれたからなんです。

異次元の「人たらし」

 あの本の中で、俺、悪口いっぱい書いてるじゃない。あれはどう? 決して、つかこうへいはすごいってだけじゃなく、山ほどいちゃもんつけてる。この連載でも、あれこれ偉そうに否定してみせてるんだけど。それに関してムッとしたりは?

 全然。そう言いながら、みなさん集まると「被害者の会だ!」なんて、どこかすごくうれしそうで、風間さん、平田さんと共演した時も、それはずいぶん聞かされて、え、そんなことあったの!?っていうようなことを、ほんとに楽しい思い出みたいに……。

 そうなっちゃうんだよな。

 そういえば公演で大分行った時に、地元の首長さんがわざわざ挨拶に来てくださって、以前父の芝居で、なぜか急に、ふんどし一丁で舞台に出てくださいってことになったという話をしてくれたんです。

 で、出たんだ?

 ええ。普通そんなこと政治家に頼めます? でも父は平気なんですよね。そんな偉い人に突然、ほぼスッポンポンで舞台に立て、ですよ。

 けど、たぶん喜んでやったんだよね。

 そうなんです。なんかすごくうれしそうに、事細かに話してくれて、ああこの方の人生の中で、何より自慢のエピソードとして、きっとお酒の席とかでもお話されてるんだろうなぁって……で、父はそういうことがわかった上で、それをやってるんだ……これもみなさんの言う、父の「人たらし」の一部分なんだなって。

 はいはい。もし、ふんどし一丁で舞台に立てなんて言われて、怒って帰っちゃうような人になら、絶対にそんなことは言わない。ちゃんとそこは見抜いてる。

 ただその一回の出会いだけで、これだけ人に印象を残す、それが父なんだなぁと思うんです。例えば入院してる人にとって、別に毎日お見舞いに来なくても、この日だけ来てもらえたら、全部がチャラになるみたいなことがあるじゃないですか。この日だけは心からこんな言葉をかけてほしいとか……さっきの見抜く力、じゃないですけど、それを持ってるのが父だと思うんです。大事な人とは、毎日連絡とってなくても、ここっていう時にめいっぱい頑張る、何が何でも、たとえ北海道でも会いに行く、みたいな。

 つかさん自身は頑張ってる意識ないんじゃないかな。きっと無理なんかしてないもの。えっ当然行くだろ! おまえ行かないの? なんて感じだと思う。

 それがエピソードとしては、「ええっ、そんなことを?!」みたいになるんですね。

 普通に言う「人たらし」とは次元が違う。たぶん意識せずにそれをしちゃう人なんだ。それで、みんな取り込まれてしまう。僕なんかもよくあるんだけど、取材なんかで出会った記者の人たちがこぞって、どれだけ自分がつかさんと親しかったか、もっと言えば、どれだけつかさんにかわいがられたかを語らない?

 そう、取材というより、みなさんの方がいろいろ語って、「こうですよね?」と言われて、「はい」みたいな感じになること、多いです。

 お前の話を聞きたいわけじゃねえんだよ……って言いたくなる。

 いえいえそれは(笑) まぁ、いいことだけじゃなくて、半分悪口だったり、ひどいですねぇ、そんなことされたんですか?って驚かされるようなこともたくさんあるんですけど、その方々にとってもやっぱりいい思い出みたいで。

 だからしゃべりたくなるし、そんなつかこうへいまで俺は知ってるぞって、自慢したくなるんだよね……まぁひとのことは言えないけど(笑)

 でも、父とつながっていたそういう方たちのおかげで、私はすごく助けられてる部分があると思います。みなさんが父を通して、今でも私とつながってくれていて、どこかで守られてるって気がするんです。この仕事選んでよかったなぁと思うのは、そんなときです。

 その意味じゃ、やっぱりつかこうへいの娘であることは、大きいかな。

 ええ。でも、もし父が亡くなってなかったら、そんなことにも気づかなかったろうし、長谷川さんたちとも、こんなに仲良くさせてもらうことはなかったでしょうから、それ考えると、なんだか不思議な気がします。

 いや、つかさんは絶対に、みな子と僕たちに仲良くなって欲しいと思ってた。勝手にそう信じることにしよう!

 本当はみなさんと父が一緒に居る場面に出くわして、そのやりとりを生で見たかったですけどね(笑)

 ……そうだね。

病床からの電話で「戻りなさい」

H ……これも初めて聞くけど、つかさんの病気のことを知ったのはいつごろ?

 知ったのは……発症というか、父自身で病気が分かったときだから、私がトップ娘役(宝塚歌劇団雪組)になることが決まったった頃か、その少し前か……。

 ええっ、そんな時期だったんだ。僕らが知るずっと前か……。

愛原実花
 最初に伝えたのは、家族だけだったと思います。

 でもまさか亡くなるとは思ってなかったでしょう?

 いや、覚悟はしてた。なんとなく……。

 僕なんかは治るものだと……。

 周りには、そんなふうに見せていたんだと思います。病院でワイン飲んだり……。

 らしいっちゃ、らしいな。

 私が病院に行くのも、嫌がりましたから。みな子は自分がやらなきゃならないことをちゃんとやれって。

 うん……。

 実は私が退団公演の稽古中に一度、父の病状が急変したことがあって……亡くなる1カ月くらい前です。劇団の稽古場に母から電話が入って、で、すぐ病院に向かった方がいいかと、夕方、稽古の夜休憩でみんながお食事をしている時に、電話を折り返したら、かなり危ないってことで……ヒロインをやらせてもらっていたので、私がいないと稽古にならないんですけど、演出家の先生とプロデューサーに「すみません、今日だけ帰らせてもらえませんか」と頼んでOKをいただいて、新幹線に飛び乗ったんです。そしたら途中、また母から電話があって、驚くことに父に代わって、「戻りなさい」って……「他のみなさんにご迷惑かけるものじゃないよ、すぐ戻りなさい」って。しかたなく名古屋で降りて、ああ、こういうことなんだなあって。そのとき父は、何とか大丈夫だったんですけど……そこから私なりにどこか覚悟のようなものができて……。

 そんなことがあったんだ。

 そして公演が始まって、中日あたりの11時公演の10分前ぐらいだったかなぁ……電話がかかってきて、それが亡くなったという知らせだったんですけど、あのときの覚悟があったので、なんだろうなぁ……開演前のバタバタで、よかったかもしれないなっていうか……すぐに舞台に集中しなきゃならないから、あれこれ考えなくてすむなっていうか……なんかそんな感じでしたね。

今もまだ生きているんだよ

 うーん。で、お葬式もなかった。

 ええ。それが父の希望でしたから。

 遺書にあった散骨は?

 しました。かなり月日が経ってから。

 つかさんのお墓みたいのものは?。

 ありません。

 いや、僕らもそんな話は絶対しないもんね、仏壇に手を合わせたいとかお墓参りしたいとか、そういう話題にはまったく触れたことないなあ。簡単に言うとね、何もなかったおかげで、どっか実感してないんだと思う。僕らの中では、まだ生きてるんだよ。

 わかる、すごいわかる。

 だから噂話なんかしてても、これ聞いてたらまずいよねっていうような感じなんだ。

 本当にわかる。私も実感が全然なくて。家族だけのセレモニーのようなものも一切ないし……。とにかく何もしないでくれって、父はそこだけは頑なにそう繰り返したから。

 やったらやったで喜んだかもね。いや、こんなんじゃダメだ、もっと俺を立てろとか言いそうだな(笑)……まぁ、残った人間が区切りをつけるための儀式っていうヤツが嫌だったのかな。そんなものは拒否するってことかもしれない。

 それはあるかな。絶対に区切りなんてつけさせないって(笑)。あとは、誰が来たとか来なかったとか、俺は呼ばれたとか呼ばれなかったとか、いろいろあったりするのも面倒だろうから……だったのかも。

 人一倍そういうことが気になる人だからね。とにかく、自分がいなくなったなんて、誰にも認めさせないってことじゃないかな(笑)

 おかげで、ずっとそばにいるような、ずっと見られているような、そんな感じがするんですよね。

 うん、今もしっかりいるんだよ、そのへんに。

 これも絶対聞いてる。

 長谷川、偉そうに、何言ってんだ! みな子、こんなヤツの話、真に受けるんじゃないぞ!……って(笑)

 いえいえ(笑)

 じゃあ最後に、そんなつかさんに聞かせるつもりで……。

 はい。

 みな子が、これから女優という仕事を続けていく上で、それこそ何か「覚悟」のようなものは?

 うーん……女優って、「女が優れる」と書いて女優だから、ほんとはバーンと胸を張って「私は女優です」ってやってかなきゃならないんでしょうね。けどこんな年齢になってもそれができないんです。どこかで「勘違いするな」「つけあがるなよ」っていつも言われてるような気がして……「人の前に立つ仕事なんだから、常に謙虚であれ」っていうのかな……それがきっと父や生駒家にとって恥じない娘でありたいって気持ちにもつながってるんじゃないかって……うーん、うまく説明できない。

 いや、わかるよ。つかさん、喜んでるな……僕らがつかさんからよく言われたのは、「俺たちがやってることは、しょせん人様に誇れるようなものじゃないんだ」ってこと。だから「その気になるな」「図に乗るな」……みな子の中にあるものと同じだよね。でも楽しみにして来てくれて、元気もらって帰る人がいるんだから、やるしかないんだって、つかさん、それ言いたかったんだと思う。

 そうか……悲しいとか、悔しいとか、何をやってもうまく行かないとか、何かに押しつぶされそうだとか、そういうときが必ずあるじゃないですか。でもそこで「明日はあるんだ」「一生懸命生きよう」って勇気与えてくれる、そんな力がお芝居にはあるって、本当にそう思うんです。それはお客さんだけじゃなくて、演じるこちらだってその力をもらえる……。

 そうだね。

 だから、やめられないんですよね。まぁ結局、女優という仕事が好きだって……それだけのことかも。

 ああそれ聞いて、ほんと喜んでるな……父親としても……つかこうへいとしても。

つかこうへい。ソウルの街角で=1985年、©斎藤一男

連載はこれで終わります。
長い間、どうもありがとうございました。
この連載をまとめた書籍が、今秋に大和書房から刊行される予定です。