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『Journalism』9月号 日英サッカー報道にみる『スポーツの言語化』」とは

石井昌幸via朝日新聞ジャーナリズム編集部《9月13日にニコニコ生放送》

◇5人の専属記者が主観的な論評展開◇

 トップ記事もそうだが、ガーディアンには試合内容の描写と批評とが入り混じったようなリポートが多く、1千語前後の同様の記事が3つもある。書き手は、同紙専属のスポーツ記者たちだ。署名記事であるのはもちろん、大部分が顔写真入りである。試合経過をより詳しく述べているものや、ドイツ側の長所を中心に分析したものなど、それぞれが独自の視点で試合をリポートし、多分に主観的な論評を展開している。内容が重複する部分もあるので、相互に調整すればもう少しスリムになるのではないかとも思うのだが、うがった見方をすれば、ベテラン記者の安定感のある記事を最初に置いて、そのあとに若手記者にもチャンスを与えているのかもしれない。こうした評論を中核として、一つの試合が、さまざまな角度から、いわば「丸裸」にされていく。

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 記事の大部分は、5人の専属記者によって書かれていて、日本でしばしば見られる元サッカー選手・監督による記事は、一つを除いてない。唯一、元選手で戦評を書いているデヴィッド・プリートは、たしかに選手と監督を務めた経験を持つ人物だが、代表経験はなく、監督としてもほぼ無名。あくまで解説者として記事を書いているのである。この記事は、たとえばジェラードが左サイドに張りつき過ぎていたために、ルーニーが流れるべきスペースがつぶれていたことや、ドイツの「3人目の動き」がいかに優れていたかなど、得点シーンよりも、むしろ全体を通して鍵となった場面をいくつか取り上げ、具体的に図示しながら、何が問題だったのかを指摘している。

 「恥ずべき戦い5つの理由」と題する記事は、もう少し巨視的な観点からみた大会全体を通しての敗因分析である。(1)カペッロ監督の選手選考と采配、(2)エース、ルーニーの不調、(3)大会前に女性問題でキャプテンを辞し、大会中にも首脳陣批判騒動を起こしたジョン・テリー、(4)主力選手の相次ぐ故障、(5)過密日程と外国人頼みの国内リーグ。そして、それぞれについて解説が加えられている。

 試合内容の紹介も詳しい。ページ下段には、6ページ打ち抜きで、帯状に試合経過が時系列で記載されているし、出場全選手のレーティング(採点)も、イングランド選手だけでなく、ドイツ選手についても、各20~30語ほどの寸評とともに10点満点で示されている。

 数字がふんだんに盛り込まれていることも印象的だ。それは、たんに「記録」としてではなく、試合をより立体的に表現したり、問題に具体性を持たせたりするために用いられている。たとえばこの試合の不調ぶりは、以下のような数字によって示されている。90分間のうち、ルーニーがペナルティーエリア内でボールに触ったのは、たった1度だった。彼のパス成功率は55%で、両チームの90分間出場した選手のなかで最も低かった。ジェラードはスロベニア戦で61本のパスを送ったが、この試合では41本だった。ドイツ戦でイングランドがボールを奪うのに成功したタックル回数は14回で、それまでの全試合で最も少なかった。ロングパスの数は大会全試合で252本で、ドイツと比べるとあまりにも多い。大会通じて合計49本のシュートを打って3点しか取れず、その確率は6%である、などなど。

 同国のサッカー協会(FA)のあり方を批判した「イングランドフットボールの危機」という見出しの記事でも、数字が効果的に用いられている。記事は、今回の敗戦が、誤審や選手の不甲斐なさだけでは片づかない深刻な問題を露呈したとした上で、その原因を次のように言う。ドイツが1934年以来最も若いチームを送り込んできたのに対して、イングランドは同国のW杯史上最も平均年齢の高い代表チームだった。欧州サッカー連盟認定の最上級コーチのライセンス保持者は、スペイン、イタリア、ドイツ、フランスなどのライバル国では、2~3万人もいるのに対して、イングランドには3千人弱しかいない。プレミアリーグのイングランド人比率の少なさ。これらのことは、プレミア発足以降のFAの過度の商業主義(放映権・広告収入依存、試合数の増加)路線の帰結である。にもかかわらずFAは、ウェンブリースタジアムの改修工事費を少なくとも2014年まで毎年2000万ポンドずつ支払い続けなければならない状態にある。ドイツ協会とブンデスリーガのほうが、よほどバランスのとれた運営をしている。 

 サポーターのコメントも、なかなか辛辣だ。4・5面には、頭を抱えるイングランド人サポーターたちの写真が見開きで掲載され、怒り、落胆する彼らの様子と声が、現地と国内各地から伝えられている。「頭にきたし、不満だよ。頭にきたのは、ランパードのゴールが認められなかったことさ。でも、不満なのは、イングランドのユニフォームを着て、それにふさわしいプレーができない選手たちに対してだ。……だったらいっそベッカムを、あの気取ったスーツ姿のまま放り込んでやればよかったんだ」「家で8歳の息子と一緒に観てたんだけど、見てられなくて出てきたんだ。……毎週観に行っている近所のパブのチームのほうが、まだましなディフェンスをするよ」。

 同じ面にはベルリン特派員から、歓喜するドイツ人ファンの様子と声も伝えられている。「イングランドには、不思議な同情を感じるよ。特にあのゴールが認められなかったことにはね。でも、ドイツのプレーは本当に見事だった。ドイツ人であることを心から誇りに思うと言える、数少ない機会だね」。特派員は、さぞかし悔しかったことだろう。どの発言者も、職業と居住地域、名前が記載されている。

 ほかにもいくつかあるが、ガーディアンの1万6千語のなかの主な記事は、およそ以上のようなものである。試合経過も具体的に盛り込まれているが、評論的な記事が重要な位置を占めているのが特徴と言えそうだ。それは、時に容赦なく批判的であるが、その論旨は明確で、分析的である。また、論旨や主張を裏づける「なぜ、そう言えるのか」という部分が非常に厚い。

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