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武黒元東電副社長「津波対策、担当がどう考えていたか承知せず」

勝俣元東電会長を東大卓球部5年後輩の名物弁護士が尋問「あなたの責任」

奥山 俊宏

 2021年7月20日、東京地方裁判所第103号法廷。福島第一原発事故を引き起こした責任をめぐる、東京電力の元会長、元社長、元副社長に対する株主の追及はこの日、最大の山場に差しかかろうとしている。

拡大裁判所合同庁舎=東京都千代田区霞が関
 許可を事前に受けた報道機関による2分間の廷内撮影が終わると、午前10時ちょうど、朝倉佳秀裁判長は「開廷前にいくつか、特に傍聴席のかたに申し上げます」と言う。

 コロナウイルス感染対策のために1時間おきに休憩を入れる。その際、べらべらしゃべると、感染対策にならないので、静かにしてほしい、と朝倉裁判長。「ストレッチしていただくのはけっこうです」と付け加える。

 もう一点は、尋問の最中に声や音を出さないでほしい、ということ。「何かおっしゃりたいときは、心の中でおっしゃっていただいて」と呼びかける。あとで外に出てからしゃべるのは、もちろんかまわないが、法廷では静かにしてほしい、と朝倉裁判長は注意を促す。

 傍聴席には、抽選で傍聴券を引き当てた一般の人たちや記者、原告がいる。

 午前10時2分、朝倉裁判長は開廷を宣言する。

拡大武黒一郎・元東京電力副社長=2019年9月19日午前、東京都千代田区、福留庸友撮影
 5人いる被告のうちの一人、武黒(たけくろ)一郎・元東京電力副社長(75歳)が脇の扉から入ってきて、一礼する。濃い色のスーツに斜めのストライプのネクタイをつけている。

 東日本大震災発生の前年、2010年6月25日に退任するまで5年間、武黒氏は、東京電力の原子力・立地本部長を務めた。そのうち後半の3年は副社長兼務だった。後任が、直属の部下、常務取締役原子力・立地本部副本部長だった武藤栄氏(71歳)だ。

 7月6日の前回の口頭弁論では、自分の代理人による主尋問があった。これは当然、事前の打ち合わせ通りの内容だっただろうが、この20日は、敵対する原告訴訟代理人による反対尋問が予定されている。これはいわば真剣勝負である。

 裁判長が「武黒さんですね」と確認し、「本日も記憶に反することのないように本当のことを述べてください」と求める。武黒氏は「はい」と答える。

原告代理人による反対尋問

 10時4分、原告訴訟代理人の甫守一樹(ほもり・かずき)弁護士が反対尋問を始める。もちろん焦点は福島第一原発の津波対策だ。

 武黒氏は1946年3月に生まれ、1969年5月に東京大学工学部を卒業して、翌6月に東電に入った。原子力発電部の原子力発電課長、ロンドン事務所副所長、原子力管理部長、原子力計画部長、柏崎刈羽原発所長を経て、2005年6月に原子力部門のトップにのぼりつめた(注1)。震災発生当時は副社長待遇のフェローだった。

 武黒氏は「いろいろな知見についてよく内容を検討し、必要であれば対応していくことを心がけてきた」と振り返る。

 2004年12月にスマトラ島沖で発生した巨大津波については「社内の耐震関係の取り組みをしている人間」に、日本でああいうことが起きるかと尋ねたという。その結果、日本の地震学の泰斗の話として、日本列島は複雑骨折しているような姿をしており、スマトラ島沖のような地震を引き起こす巨大なエネルギーをため込むことはできない、と聞かされたという。

 福島第一原発1~4号機の主要建屋の敷地の海面からの高さに相当する10メートルを超える津波の確率を聞いたことがあるかと尋ねられると、武黒元副社長は「聞いたことはありません」と答える。「確率論的にそれなりの信頼性をもって評価できる状況ではないと聞いていました」と付け加える。

 国の原発規制機関だった原子力安全・保安院が呼びかけて、JNES(独立行政法人 原子力安全基盤機構)や東京電力など電力各社を交えて2006年に開催した「溢水勉強会」へと、甫守弁護士は話を進める。

 2006年8月2日に開かれた原子力安全・保安院の内部会議「第53回安全情報検討会」で、その年の1月から開催されてきた溢水勉強会の結果がJNESから報告された。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「外部溢水勉強会検討結果について」の1ページ=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 この報告の際に用いられた資料によれば、想定を上回る津波に対するプラントの耐力について検討したところ、建屋への浸水の可能性を否定できず、電源設備の機能を喪失する可能性が確認された。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「外部溢水勉強会検討結果について」の2ページ目=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 福島における津波の確率をその高さごとにグラフに描いた「津波ハザード曲線」を掲載した資料もその会議で配布された。これはつまり、武黒氏が聞いたことがないという津波の発生確率が算出され、それが国の規制機関に報告されていた、ということになる。その曲線の平均によれば、ある1年間に福島第一原発での想定高さ6メートル弱を津波が超える確率は千分の1前後、1~4号機の主要建屋の敷地高さ10メートルを超える確率は数万分の1となっていた。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「確率論的津波ハザード解析による試計算について」。右下に福島の津波ハザード曲線が掲載されている=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 この会議の内容を記録したメモによれば、保安院の平岡英治・首席統括安全審査官(当時)は報告を聞いて次のようにコメントした、とされている。

 耐震バックチェックでは土木学会手法のような決定論的な評価でOKであったとしても、ハザード評価結果から残余リスクが高いと思われるサイトでは念のため個々に対応を考えたほうがよいという材料が集まってきた。
 海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率

 東京地検の検事が作成した供述調書によれば、東北電力から電気事業連合会の原子力部に出向していた小笠

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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 ご連絡は okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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