メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

無料

武黒元東電副社長「津波対策、担当がどう考えていたか承知せず」

勝俣元東電会長を東大卓球部5年後輩の名物弁護士が尋問「あなたの責任」

奥山 俊宏

 2021年7月20日、東京地方裁判所第103号法廷。福島第一原発事故を引き起こした責任をめぐる、東京電力の元会長、元社長、元副社長に対する株主の追及はこの日、最大の山場に差しかかろうとしている。

拡大裁判所合同庁舎=東京都千代田区霞が関
 許可を事前に受けた報道機関による2分間の廷内撮影が終わると、午前10時ちょうど、朝倉佳秀裁判長は「開廷前にいくつか、特に傍聴席のかたに申し上げます」と言う。

 コロナウイルス感染対策のために1時間おきに休憩を入れる。その際、べらべらしゃべると、感染対策にならないので、静かにしてほしい、と朝倉裁判長。「ストレッチしていただくのはけっこうです」と付け加える。

 もう一点は、尋問の最中に声や音を出さないでほしい、ということ。「何かおっしゃりたいときは、心の中でおっしゃっていただいて」と呼びかける。あとで外に出てからしゃべるのは、もちろんかまわないが、法廷では静かにしてほしい、と朝倉裁判長は注意を促す。

 傍聴席には、抽選で傍聴券を引き当てた一般の人たちや記者、原告がいる。

 午前10時2分、朝倉裁判長は開廷を宣言する。

拡大武黒一郎・元東京電力副社長=2019年9月19日午前、東京都千代田区、福留庸友撮影
 5人いる被告のうちの一人、武黒(たけくろ)一郎・元東京電力副社長(75歳)が脇の扉から入ってきて、一礼する。濃い色のスーツに斜めのストライプのネクタイをつけている。

 東日本大震災発生の前年、2010年6月25日に退任するまで5年間、武黒氏は、東京電力の原子力・立地本部長を務めた。そのうち後半の3年は副社長兼務だった。後任が、直属の部下、常務取締役原子力・立地本部副本部長だった武藤栄氏(71歳)だ。

 7月6日の前回の口頭弁論では、自分の代理人による主尋問があった。これは当然、事前の打ち合わせ通りの内容だっただろうが、この20日は、敵対する原告訴訟代理人による反対尋問が予定されている。これはいわば真剣勝負である。

 裁判長が「武黒さんですね」と確認し、「本日も記憶に反することのないように本当のことを述べてください」と求める。武黒氏は「はい」と答える。

原告代理人による反対尋問

 10時4分、原告訴訟代理人の甫守一樹(ほもり・かずき)弁護士が反対尋問を始める。もちろん焦点は福島第一原発の津波対策だ。

 武黒氏は1946年3月に生まれ、1969年5月に東京大学工学部を卒業して、翌6月に東電に入った。原子力発電部の原子力発電課長、ロンドン事務所副所長、原子力管理部長、原子力計画部長、柏崎刈羽原発所長を経て、2005年6月に原子力部門のトップにのぼりつめた(注1)。震災発生当時は副社長待遇のフェローだった。

 武黒氏は「津波対策についてもいろいろな知見についてよく内容を確認して、必要であれば対応するということを心がけていたつもりであります」と振り返る。

 2004年12月にスマトラ島沖で発生した巨大津波については「社内の耐震関係の取りまとめをしている人間」に、日本でああいうことが起きる可能性はどうなんだろうかと尋ねたという。その結果、日本の地震学の泰斗の話として、日本の国土を人体にたとえると複雑骨折をしているようなものであり、スマトラ島沖のような地震を引き起こす巨大なエネルギーをたくわえることはできない、と聞かされたという。

 福島第一原発1~4号機の主要建屋の敷地の海面からの高さに相当する10メートルを超える津波の確率を2006年当時聞いたことがあるかと尋ねられると、武黒元副社長は「聞いたことありません」と答える。「確率論的にそれなりの信頼性をもって評価できる状況ではないということを聞いておりました」と付け加える。

 国の原発規制機関だった原子力安全・保安院が呼びかけて、JNES(独立行政法人 原子力安全基盤機構)や東京電力など電力各社を交えて2006年に開催した「溢水勉強会」へと、甫守弁護士は話を進める。

 2006年8月2日に開かれた原子力安全・保安院の内部会議「第53回安全情報検討会」で、その年の1月から開催されてきた溢水勉強会の結果がJNESから報告された。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「外部溢水勉強会検討結果について」の1ページ=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 この報告の際に用いられた資料によれば、想定を上回る津波に対するプラントの耐力について検討したところ、建屋への浸水の可能性を否定できず、電源設備の機能を喪失する可能性が確認された。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「外部溢水勉強会検討結果について」の2ページ目=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 福島における津波の確率をその高さごとにグラフに描いた「津波ハザード曲線」を掲載した資料もその会議で配布された。これはつまり、武黒氏が聞いたことがないという津波の発生確率が算出され、それが国の規制機関に報告されていた、ということになる。その曲線の平均によれば、ある1年間に福島第一原発で想定高さ6メートル弱を津波が超える確率は千分の1前後、1~4号機の主要建屋の敷地高さ10メートルを超える確率は数万分の1となっていた。

拡大原子力安全・保安院で2006年8月2日に開かれた第53回安全情報検討会の資料「確率論的津波ハザード解析による試計算について」。右下に福島の津波ハザード曲線が掲載されている=情報公開法に基づき原子力規制委員会が2013年7月に記者に開示

 この会議の内容を記録したメモによれば、保安院の平岡英治・首席統括安全審査官(当時)は報告を聞いて次のようにコメントした、とされている。

 耐震バックチェックでは土木学会手法のような決定論的な評価でOKであったとしても、ハザード評価結果から残余リスクが高いと思われるサイトでは念のため個々に対応を考えたほうがよいという材料が集まってきた。
 海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率

 東京地検の検事が作成した供述調書によれば、東北電力から電気事業連合会の原子力部に出向していた小笠原和徳氏は、JNESの担当者からこのメモをメールで受け取った、という。

 ここで平岡首席統括安全審査官が触れている「土木学会手法」は、福島県沖ではマグニチュード8級の津波地震が起きないとの前提になっている。福島第一原発ではそうした前提に基づいて津波の高さを想定していた。しかし、その想定を上回る「残余」のリスクはゼロではない。ゼロでないどころか、それなりに大きい。それが津波ハザード曲線にはっきりと表れている。

 小笠原氏は、「想定波高とプラントの敷地レベルとの差が少ない場合には津波が敷地を超える場合も考えられるところ、その場合には浸水により海水ポンプが電源を喪失して原子炉の冷却機能が失われ、ほぼ確実に炉心損傷に至る」と保安院幹部は考えているのだと理解し、「保安院上層部の意向次第では、電力会社に対し、浸水による炉心損傷を防止するための対応措置をとるよう要求してくることも予想されたため、私は各電力会社に情報として提供することとした」という(注2)

 平岡首席統括安全審査官の言葉にある「海水ポンプへの影響では、ハザード確率≒炉心損傷確率」というのは、海水ポンプが津波で機能を喪失すると、海水との熱交換による原子炉の除熱が不可能となり、ほぼ1分に1に近い高確率で炉心損傷に至る、ということを意味するとみられる。

 これについて法廷で尋ねられると、武黒元副社長は「途中にいろいろな要素がまだあるけれども、そういう可能性というのも一般論というか、理屈の上では考えられることだということ」と解説し、「ただし、それはその前に、これにはいろんな状況がかかってくるだろうという認識でした」と答える。津波が想定を超えたとしても、ただちに炉心損傷に至るというわけではなく、「いろいろな要素」「いろんな状況」によって、そうならない可能性がある、という主張なのだろう。

 武黒氏は当時、海水ポンプの津波対策をやらなくていいとは思っていなかったという。しかし、「実際にどういう検討をしていたかということをその後、詳細に把握はしておりません」。

 もし仮に、福島で東電の想定を超える津波がある1年の間に来る確率が千分の1前後で、それが炉心損傷確率にほぼ等しいのだとすれば、つまり、福島原発の炉心損傷確率は千分の1前後にも上る、ということになる。10基の原子炉が稼働するとすれば、そのどれかがある年に炉心損傷事故を起こす確率は100分の1ほどにも上る計算となる。それら原子炉が数十年稼働するのだから、その数十年の間に事故が起きる確率は、事故が起きて当たり前の非常に大きな値となるだろう。

 2006年9月19日に原子力安全委員会がとりまとめた耐震設計審査指針では、10万年ほどに1回の地震までを考慮して基準地震動を設定し、それに耐えられるように施設を防護することが求められており、それが当時の原子力安全の国際的な相場でもあった。千分の1は、それより2桁も大きい。

 2006年10月6日、保安院に電力各社の担当者が集められ、「想定を超える津波に対する対応策についても検討するよう」にと口頭で指示があった。電事連作成のメモによれば、保安院の原子力発電安全審査課で耐震安全審査室長を務める川原修司氏は次のように述べた。

 自然現象であり、設計想定を超えることもあり得ると考えるべき。津波に余裕が少ない、引き波で非常用海水ポンプが止る、プラントは、具体的、物理的対応をとってほしい。
 津波(高波)について、津波高さと敷地高さが数10cmとあまり変わらないサイトがある。評価上OKであるが、自然現象であり、設計想定を超える津波がくる恐れがある。想定を上回る場合、非常用海水ポンプが機能喪失し、そのまま炉心損傷になるため安全余裕がない。(中略)
 今回は、保安院としての要望であり、この場を借りて、各社にしっかり周知したものとして受け止め、各社上層部に伝えること(注3)

拡大2006年10月6日に原子力安全・保安院から電力各社に口頭で指示した内容のメモ=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第277号証(刑事公判における名倉繁樹証人尋問調書、東電株主代表訴訟では乙B6号証の1)の名倉証人に示す資料1として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年7月に記者に開示。記者において一部をハイライト

 この「物理的対応」がなかったと甫守弁護士から指摘されると、武黒元副社長は「おそらく担当ではいろいろ検討してくれていたんでしょうが(中略)実際に担当がどのように考えていたかということまでは存じません」と答える。

 質問の矛先は、福島県沖の日本海溝沿いでマグニチュード8級の津波地震が起こり得るとの政府の地震調査研究推進本部(推本)の長期評価の見解についての認識に移る。

 これまでの武黒氏の主張によれば、2009年春、本店の会議室で、原子力設備管理部長だった吉田昌郎氏(故人)から、長期評価について「ラディカルな見解を取りまとめたものである」と聞かされた、という。「ラディカルな見解」すなわち「過激な見解」と聞いて、どう理解しましたかと原告側の弁護士が尋ねる。

 武黒氏は「かなりいろんな見解がある中で、ある特定の考え方だけを用いたという、そういう理解をしました」と答える。

 なぜ、ラディカルな見解を国の機関が発表したと思ったか、と尋ねられると、武黒氏は「理解できませんでした」と答える。

 その理由を調べてこい、と指示したかと尋ねられると、武黒氏は「吉田は理解していることだというふうに思いました」と言う。

 事業者としては安全側の見解を採用すればよかったのではないかと尋ねられると、武黒氏は「もっと咀嚼をする必要があるというふうに思いました」と答える。

左陪席裁判官による尋問

 左陪席の川村久美子裁判官による補充尋問は午前11時51分に始まる。

 溢水勉強会の議論を踏まえた「安全性の積み増し」の見地から、特に津波に脆弱な海水ポンプへの対策の検討や実施について確認したかと質問する。

 武黒氏は「どんな対策を検討してるかということについては、特に報告を受けておりません」と答える。

 電気事業連合会が作成したメモによれば、2006年10月6日、保安院から設計想定を超える津波へのハード面を含めた対応をとるように口頭で電力各社に指示されたのを受け、電力会社側は検討結果について年内をめどに保安院と打ち合わせすることになった。川村裁判官からそう指摘されると、武黒氏は「そういう議論は聞いておりません」と答える。

 国の推本の長期評価について、川村裁判官が質問する。「あなたとしては、吉田さんのおっしゃっているその長期評価の信用性について、吉田さんの言ってることを信じたということになるんですか」

 武黒元副社長は「はい」と肯定する。「異論はありませんでした」

 川村裁判官が重ねて質問する。「吉田さんがおっしゃっている内容に違和感はなかったんでしょうか?」

 武黒元副社長は、違和感を持たなかった理由として、長期評価の信頼度について推本自身が下から2番目のCと評価していたこと、国の中央防災会議で取り上げられなかったことなどがあった、と説明する。

右陪席裁判官による尋問

 午前11時58分、右陪席の丹下将克裁判官による補充尋問が始まる。

 川村裁判官と同じように溢水勉強会にまず言及し、全電源喪失に陥ってそれが長時間続けば炉心損傷の危険があるという認識があったかと確認を求める。武黒氏は、全電源喪失がある時間続けば炉心損傷に至る可能性がある、と認める。

 次に、丹下裁判官は「ニサの認識についてお聞きしたい」と言う。ニサ(NISA)というのは原子力安全・保安院の英名の略称だ。業界でよく使われていた言葉だ。

 「4メートル盤が浸水して、非常用海水ポンプが機能喪失した場合に、そのまま炉心損傷になる、という保安院の認識は正しいんでしょうか」と質問する。「4メートル盤」というのは、福島第一原発の海側の敷地で、海面からの高さが4メートルしかない。原子炉システムから熱を取り除いて海に逃すためのポンプがある。

 武黒氏は「保安院の認識」を認めず、たとえ海水ポンプの機能が喪失しても「やりようがある」と答え、「フィード&ブリードというやり方」に言及する。必ずしも炉心損傷に至るとは限らない、と説明する。

 「フィード&ブリード(feed and breed)」というのは、海水との熱交換によって原子炉から熱を取り除くのではなく、炉に投入した水を蒸発させ、その水蒸気を炉外に出すことによって除熱する手法を指す。水の投入がフィードであり、圧力を逃すのがブリードである。最終的には、「ベント」(排気)によって外部に水蒸気を放出することで圧力と熱を逃す必要があり、発電所外を放射能でいくぶんか汚染することになるが、炉心損傷前にそれを行えば、最小限の汚染で済む。福島第一原発で事故発生当初に検討されたが、実際には、炉心損傷が先に起きてしまった。

裁判長による尋問

 朝倉裁判長による補充尋問は午後零時3分に始まる。陪席の2人の裁判官の補充尋問と同じように、まずは溢水勉強会に言及する。「先ほどからのお話を伺っていると」と前置きする。

 溢水勉強会で保安院の求めによって検討させられた全電源喪失の可能性について、裁判長は「あり得ないような条件だから、そのときはそれに基づいて何かするというようなことは考える必要がなかった?」と確認し、次に、「その後、推本の長期評価が出てきたときには、試算であるけれども15メートル(津波高さ)というのが出てるけれども(中略)年オーダーになるかもしれないけれども、土木学会で検討させてしっかりした対応するのが適切だと思った?」と確認し、しかし、その一方で、「総論としては、万が一にも事故というのは起こらないようにしなければならない」との考え方も武黒氏に確認する。

 裁判長は左手の平を広げ、それを振りながら、そのときどきの武黒元副社長の認識を確認していく。武黒氏はこれらの問いかけにうなずく。

 推本の長期評価の予測するように福島県沖の日本海溝近辺で巨大な津波地震が起きると福島第一原発で最大15.7メートルの高さの津波が来るとの2008年の計算結果について、裁判長は「もしこれが起きちゃったら相当なリスクがある状態になるということは分かっていたわけですね?」と質問する。「リスクって経営上のリスクじゃないですよ、事故という意味のリスクですよ」と皮肉まじりに補足する。武黒氏は「その前提がそういうことであればですね、はい」と肯定する。

 裁判長は「万が一にもこれ(推本の長期評価の見解に基づく試算)が正しかったら事故が起きちゃうとは思わなかったの?」と重ねて問う。

 すると、武黒氏は「思いませんでした」と答える。「15.7メートルというあの試計算がそのまま当てはまるものだとは思いませんでした」

 土木学会で検討している間は「万が一」を考えなくてよかったということの理由について尋ねられると、武黒元副社長は「明治三陸沖津波モデル、波源モデルというのが、福島沖に適用できるとは私は思いませんでした」と答える。

 裁判長が重ねて質問する。「そこに(波源が)ありうるかもしれないということが推本で言われた。で、それについて検討するのに年オーダーかかる。(中略)その間のことについては(中略)何らか考えなくてもいいと思ったんですか?」。右陪席の丹下裁判官はうなずきながら裁判長の質問を聞いている。

 武黒氏は「試計算そのものが(中略)考えるということ前提にして計算したものですから」と言い、「あの領域(福島県沖の日本海溝近辺)にその波源を想定する必要があるのかどうか、それからその波源モデルがどうなのかと、この2つがはっきりしないと、結局それをどういうことが起きるのだと(中略)確認できないということになると思っておりました」と説明する。

 裁判長はしばし考え込む。そして、「これでけっこうです」と言い、「おつかれさまです」と武黒元副社長に声をかける。

 午後零時13分、昼休みに入る。

勝俣元会長への反対尋問、補充尋問

 午後1時10分、3人の裁判官が法廷に戻ってくる。いずれも書類の束を抱えている。

 午後の法廷ではまず、東京電力の副社長、社長、会長を歴任した勝俣恒久氏(81歳)の反対尋問が予定されている。

 証言台の前に立つ勝俣氏に、朝倉裁判長が「勝俣さんですね」と確認する。「記憶に従って正直にお答えください」と言う。

 質問に立つのは原告訴訟代理人の河合弘之弁護士(77歳)だ。

 河合弁護士は、1979年に政界を揺るがせたダグラス・グラマン事件の際、参院予算委員会で証人喚問された日商岩井の航空機部課長代理の随伴者として議場に入り(注4)、これ以降、「政財界の事件の用心棒弁護士」として知る人ぞ知る存在となった(注5)。1995年には、戦後初めての本格的な金融破綻から派生し、これもまた政官界を揺るがせた2信組事件で証人喚問された元東京協和信用組合理事長の高橋治則氏の補佐人として国会に登場した(注6)。ビジネス弁護士として大型経済事件を引き受け、経済的に大成功する一方で、河合弁護士は2000年ごろから「反原発裁判」に関わるようになった。福島第一原発事故発生後に「脱原発弁護団全国連絡会」を結成して代表になった。法曹界の名物男ともいえる存在である。

拡大閉廷後に記者会見する河合弘之弁護士(左)と海渡雄一弁護士=2021年7月20日午後5時24分、東京・霞が関
 河合氏によれば、勝俣氏は東京大学の卓球部で5年先輩にあたる。「すごい尊敬というか権威のある先輩で、私が勝俣さんの前に出ると、ちっちゃく『はい、先輩』と言っていた」という仲だったという。河合氏が原発反対運動を始めた後、OB会で会った際に「河合は原発なんか反対しやがって」って叱られたこともあるという。福島第一原発で事故が起きて、河合氏は、勝俣氏らを提訴したり告訴したりするのを主導したが、内心、忸怩たるものがあったという。

 「先輩にOB会で会うのも何となく気が引けるようになったんだけど、彼(勝俣氏)も出てこなくなったし、そんなことです。まぁ、私的な感情と公憤とは……公的な憤りとは別ですから、それはそれで分けて、ここまで来たわけですけど、刑事事件のときは僕は目を合わせないようにしていて、尋問も、権利はあったんですけど、お断りして逃げました。だけど、今回は木村さんが『絶対逃げちゃダメだ』と私のつっかえ棒するもんですから、泣く泣く尋問に立った」

 閉廷後の記者会見での河合弁護士の説明によれば、河合弁護士による勝俣氏反対尋問を後押ししたのは、原告団の事務局長を務める木村結(ゆい)さんだったという。

 その法廷で河合弁護士はまず、勝俣氏に同意を求める。

 長期評価の見解を採り入れると15.7メートルという高い津波が福島第一原発に来る可能性があり、その対策をどうすべきかについて、原子力・立地本部副本部長の武藤栄常務(当時)はそれを常務会に付議しなければならなかったですよね、と。

 勝俣氏は「それは15.7メートルというのがどういう性格なものかというところに関わる問題だと思ってます」と答える。「15.7メートルが本当に来るのかどうか、そこに関わる問題だと思ってます。(中略)いま考えますと、それは試算値であって、来るというような前提のものではないと考えております」

 悠長に土木学会に検討を依頼していていいのかは常務会で決すべき重大な事由ではないですかと河合弁護士は質問する。勝俣氏は「15.7メートルというのがどういう性格、どういうものかということであって」と答える。

 15.7メートルの津波の可能性について武藤常務から議案または報告として常務会に付議はありませんでしたね、と確認を求められると、それには勝俣氏は「はい」と答える。

 もし付議があったらどういう結論になったと思いますかと河合弁護士から質問されて、勝俣氏は「そこは分かりません。正直、その15.7メートルという性格をしっかりそこで説明してもらって、皆がどういうふうに判断するかということだと思います」と答える。それを引き取るように河合弁護士が「そうやって、常務会で合議の実を尽くすべきでしたよね」と語りかける。勝俣氏は「いや、それはだから」と言い、「15.7メートルということにおける信頼性の問題だと思います」と答える。河合弁護士は「勝俣さんとしては、カミソリ勝俣と言われた方ですから、たとえばその調査結果が出るまでは、とりあえず重要施設の水密化をしておけとか、非常用ディーゼル発電機を高台に上げておけとか、そういうような指示をされたと思うんですけど、いかがですか」と語りかける。勝俣氏は「15.7メートルというものがどういうものであったかということを、きちっと詰めることが先決になります」と答える。

 そういう重要な情報が常務会に上がってこないリスク管理体制を築いてきたあなたに責任があるのではないですかと河合弁護士が畳みかけると、勝俣氏は「なぜですか?」と反問する。

 あなたはリスク管理委員長でしたねと河合弁護士が確認を求めると、勝俣氏は「はい」と答える。

 この重要な決定に役員としては当時の武黒副社長と武藤常務しか関わってないですねと河合弁護士が確認を求めると、勝俣氏は「そういうことですね」と認める。

 河合弁護士が「経営者としてどう思いますか」と尋ねると、勝俣氏は「長期評価そのものの信頼性という問題が一つそこにかかってきます」と同じ答えを繰り返す。

 休憩後の午後2時20分、裁判官による補充尋問が始まる。

 2009年2月11日の社内の会議「中越沖地震対応打合せ」(通称:御前会議)で吉田昌郎・原子力設備管理部長が「14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて」と発言した様子を「懐疑的」と感じた理由について、勝俣氏に川村裁判官が質問する。

拡大東京電力社内で2009年2月11日に開かれた会議のメモ。東京地検が押収し、東電の株主代表訴訟に証拠として提出された

 勝俣氏は「そう言われると困るんですけど」と言いつつ、「吉田は割と断言的な発言が多いんですけれど、そのときは何となくそういうちょっとヤクザっぽい言い方というか、そういうような格好で、『14メートルというような人がいるんだけれど』と、そんなニュアンスでしたですね」と振り返る。「これ突如として出してきたんですけれど、何でそれを言ってきたのかというのはよく分かりません」と言う。「データもないし、何もない中でそういう話をしたということです。(中略)その場で何となく言ってみる、ヤクザな話をちょっと出した」

 午後2時27分、丹下裁判官は、2002年8月1日の朝日新聞に掲載された記事について尋ねる。

拡大長期評価を伝える朝日新聞記事
 推本の長期評価について、その記事は「津波地震、発生率20%」「今後30年三陸-房総沖」の見出しのもと「三陸沖から房総沖にかけて日本海溝に沿った、長さ約800キロ、幅約100キロの領域では、津波地震がどこでも起こりうると予測。確率を今後30年で20%程度と見積もった」と伝えた。

 この記事について、勝俣氏は7月6日の主尋問で、その記事を当時見たり聞いたりしたかどうか問われて「ありません」と答えた。

 これについて、丹下裁判官は「見た記憶がないということか、朝日新聞は読んでいなかったということか」と質問する。

 勝俣氏は「おそらくその当時、我が家でも朝日新聞とってたと思う」と言い、さらに「会社でもそういう切り抜きやなんかが回ってくる」と言い、「見たかもしれないけど、記憶がない、というのが正確かもしれません」と答える。付け加えて「この記事については見逃したということもあるかもしれませんですね」とも言う。

 記事の中に「三陸沖から房総沖にかけて日本海溝に沿った、長さ約800キロ、幅約100キロの領域」とあるのを読めば、そこに、福島県沖が含まれることは自明である。勝俣氏は福島県について「大きな津波が起きない地域である」と思っていたというのだから、その認識と記事の内容が矛盾すると思い当たってもよさそうなものだ。が、勝俣氏は記憶にないという。

 丹下裁判官は「かなり大きい記事ではあった」と指摘し、「もし見てたとしたら、職務に関連すると思われたと思いますか」と尋ねる。勝俣氏は「いや、そこもよくわかりません」と答える。

 次に丹下裁判官は、「中越沖地震対応打合せ、これは従業員からは御前会議というふうに呼ばれていたようですけども、これについてお聞きします」と話題を変える。

 吉田原子力設備管理部長の「14メートルの津波」発言の根拠などを勝俣氏らが質問しなかったことについて、丹下裁判官は「原子力の部門に任せていたということが理由になるんでしょうか」と聞く。勝俣氏は「いずれまとめてということだったんで」と答える。「ここで議論を始めてもしようがないということです」と説明する。

 もし仮に14メートルという津波高さの予測が正しいものであれば、その時点でもう危険な状態にあるとの疑問を抱かなかったのかと尋ねられると、勝俣氏は「全然その当時、抱きませんでした」と答える。

 午後2時40分、朝倉裁判長が「14メートルという話が出たときに、14メートルの津波が来たらそれがどうなるのかというのは当時お分かりでしたか」と質問する。

 勝俣氏は「14メートルということの懐疑性のほうが頭に強く残って、それが来たらどうなるかというところまで私の頭は回らなかったです」と答える。

 高さ14メートルの津波が来たら敷地の上まで水が来るという認識はあったかと尋ねられると、勝俣氏はあっさりと「はい」と認める。

 7月6日の主尋問では、福島第一原発の敷地の海面からの高さについて「知りませんでした」と主張していた。しかし、この日の補充尋問で勝俣氏は「14メートルが来れば、大体オーバーするだろうと」と認める。これは原告側にとって重要な得点だといえる。

 午後2時54分、原告側の河合弁護士が再び質問に立つ。

 2009年2月11日に吉田原子力設備管理部長が「14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて」と述べたことについて、勝俣氏は「いずれ、整理して、必要があれば報告がある」だろうと受け止めたと主張しているが、河合弁護士は、実際に、あとでまとめて報告はありましたかと勝俣氏に尋ねる。

 勝俣氏は「ありませんでした」と答える。

 「それでいいんですか」と河合弁護士は尋ねる。

 すると、勝俣氏は「吉田のところは基本的にもうとにかく地震の対応というので手いっぱい」と答える。「津波の情報をとにかく専念していろいろ上げろというようなことを私は一度も言いませんでした」と認める。

 河合弁護士が「勝俣さんみたいなやり方だと、部下がサボったり、間違えたりすると、もうそれでおじゃんですよね」と言う。勝俣氏は、企画、総務、広報、あるいは、日本経団連、電気事業連合会、他の電力の社長らからもいろいろな情報が入ってくる、と答える。河合弁護士は「でも、要するに、津波関係については、このあとフォローしてませんよね?」と確認を求める。

 勝俣氏は「はい」と答える。

 午後3時、勝俣氏は退廷する。

清水元社長に対する反対尋問

 勝俣氏と入れ替わるように、清水正孝元社長(77歳)が法廷に入ってくる。

 原告訴訟代理人の海渡雄一弁護士が2008年2月16日の東電社内の会議「中越沖地震対応打合せ」の資料を示す。副社長だった清水氏も出席していた会議だ。

 その資料の12ページには「津波高さの想定変更」というタイトルがつけられていて、福島の原発の津波高さの想定を従来の5.5メートルから7.7メートル以上に引き上げる、との見直し案が示されている。備考の欄には「詳細評価によってはさらに大きくなる可能性」とある。13ページは「対策検討」と題されていて、「ポンプモータ予備品保有(暫定対応)」「建屋の防水性の向上」などの具体策が列挙されている。

 清水氏は「全体をできるだけ目を通すようにしてましたので、これは目に触れてるということはある」と言いつつ、その資料に記載のある津波の高さに関する記述については「分かりません」。

 2009年2月11日の会議で吉田原子力設備管理部長が「14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて」と述べたことについても、その場にいたはずなのに、清水元社長は「ここの発言は記憶ありません」。

 補充尋問で、丹下裁判官は「津波想定はどうするのか、津波対策をする必要がある必要がないという判断については、これは原子力・立地本部に完全に任せてしまうと、こういうことですか」と質問する。

 清水元社長は「はい、それは任せます」と断言する。「その検討を信頼して、それは任せます」

 「ある対策が(中略)お金を出すにふさわしいかどうかという判断はしない?」と丹下裁判官は詰めていく。

 清水元社長は「その対策をやる必要性はないかという、一番もとになる背景というんですか、これは当然、前提として我々理解しないと、これが、何でこれ対策工事が必要なんだと(中略)それは確認します」と答える。

 午後4時59分、清水元社長に対する尋問がすべて終了する。清水氏はみずからドアを開けて、法廷の外に出ていく。

 朝倉裁判長は今後のスケジュールを説明する。10月29日に福島第一原発の現地での進行協議を予定しており、11月30日に双方の最終弁論を経て終結する予定だと述べる。

 午後5時2分、朝倉裁判長は「それでは本日はこれで終わります」と言う。

記者の視点:保安院の行政指導に東電は馬耳東風

 武黒一郎・元東京電力副社長の尋問で焦点があてられたのは、2006年に原子力安全・保安院が東京電力など電力各社を招いて開いた「溢水勉強会」だ。

 溢水(いっすい)というのは、水があふれることを意味する。電気機器は水に弱く、原子力発電所にとって、制御できない水は命取りにつながりかねない弱点だ。

 2004年12月にスマトラ島沖地震に伴うインド洋大津波でインドの原発が被害を受けたり、2005年8月に東北電力女川原発が想定を超える地震の揺れで自動停止したりしたのをきっかけに、原子力安全・保安院は2005年12月14日、東京電力の技術者たちを呼び出して、溢水勉強会の開催を持ちかけた。

 東電側の記録によれば、このとき、保安院の原子力発電安全審査課、小野祐二・審査班長は次のように述べて想定外の津波への備えの検討を東京電力に求めた。

 女川で(中略)想定を上回る自然現象が実際に発生しうることが明らかとなった。また過去に、ルブレイエ(フランス)の大規模浸水事象もあった。
 設計は設計として、想定外もあり得るという前提で対策をしておけば、想定外事象が発生した場合においても、対外的に説明しやすく、プラントの長期停止を避けられる。
 想定外事象の検討を進めて欲しい(注7)

 一方、東京電力など原子力業界は当時、想定外の事故の発生確率を明らかにしようとする確率論的安全評価、通称「PSA」(Probabilistic Safety Assessment)の研究を進めていた。これの評価結果にもとづくことによって、起因事象ごとのリスクの大きさに応じた合理的な対策を打てる、というのが共通認識だった。しかし、津波については、そのPSAはいまだ研究途上で、津波PSAは手法としては確立していなかった。東電側がそのように主張すると、保安院の小野審査班長は次のように述べて押し返した。

 津波PSA検討は重要であり中期的な課題として実施して欲しいが、できるだけ早く(1~2月にも)想定外事象を整理し、弱点の分析、考えられる対策などを教えて欲しい(注8)

 これに東電側は納得しなかったが、溢水勉強会への参加には同意した。

 1週間後の12月22日、電気事業連合会の担当者を加えた会議がJNES(独立行政法人原子力安全基盤機構)で開かれ、保安院の意向として、①敷地高さを1メートル上回る津波を想定して影響を受ける重要設備や建屋を洗い出し、②炉心損傷に至る津波の高さを評価し、③これらをふまえた対策方針・考え方について検討したい、と伝えられた。

 2006年1月30日に開かれた溢水勉強会の第1回会合で、保安院の小野審査班長は次のように述べた。

 津波PSAの確立まで待っていたら前に進みません。ですから、その結果を待たずに対策を打てるところから早急に対策を打ってもらいたい。規制は遅れ遅れになりがちですから、自主的にやっていくようにしてください(注9)

 津波が実際に来る確率がどの程度あるのかに関係なく、敷地高さを超える津波が来ると仮定して、そのような場合に原子力発電所の施設や機器にどのような影響が生じるのかを明らかにするようにと小野審査班長から指示があった。

 4月26日、電力会社同士で話し合い、保安院から求められた「敷地の高さを1メートル上回る津波」という仮定に、そうした津波が「長時間無制限に続く」という仮定を加えることにした。

 その仮定のもとで福島第一原発5号機について検討した結果は、耐水性のない機器は機能を失い、炉心損傷に至る、という内容だった。

 法廷で繰り返し取り上げられたように、2006年10月6日、東京電力を含む電力各社の耐震担当者を集めた場で、保安院の原子力発電安全審査課で耐震安全審査室長を務める川原修司氏は次のように指示した。

 押し波のとき、想定津波の高さと非常用海水ポンプの高さがあまり差がないサイトがありますが、自然現象ですから、想定を超える津波が来るおそれもあり、その場合には、ポンプが壊れて安全性に余裕がありません。津波の引き波にせよ押し波にせよ、余裕が少ないところは対策を講じてもらいたいし、保安院としては、その対策についてもバックチェックで確認します。これは、保安院としての要望であり、上層部にも伝えていただきたい。

 事前に保安院の院長の了解を得た上での発言だった(注10)

 これらの保安院側の発言は、設計上の津波高さ想定を引き上げることを求めるものではなく、また、強制力を伴う規制上の要求としてなされたものでもなく、電力会社による自主的なアクシデントマネジメントの充実・強化によって確率論的なリスクを軽減しようとすることを期待した、いわば行政指導だった。

 東電はこれに対して、実質的には何らの新たな対応も実行に移さなかった。担当者の供述によれば、保安院の求めは実質的には想定の引き上げにつながりかねない内容であり、それが止め処なくなることを恐れたという。担当者は東京地検に次のように供述している。

 保安院側から求められたのは、非常用海水ポンプの設置レベルが設計想定津波水位に対して余裕がないので対策をしてほしいということだけでした。しかも、想定津波水位に対する余裕と言うものの、感覚的なものにとどまり、保安院側から、その余裕を具体的に示した基準は示されませんでした。(中略)そのため、私個人としても、保安院側が余裕がないと言うのは感覚として分かっても、その余裕をどの程度取ればいいのかは分かりませんでした。電力事業者側としては、保安院側から余裕の取り方、たとえば設計想定水位の何%といった何らかの基準を示されなければ、保安院側の問題意識に応えることはできませんでした。もっとも、保安院側も、ここで仮に割合として10%と示したとしても、なぜ10%余裕を取るべきなのか説明することはできなかったはずです。(中略)余裕を持たせて設備変更を行うということは、実質的には想定津波水位の変更と変わらなくなり、いずれはその新しい水位に対する余裕が必要なのではないかという話になりかねず、際限のない設備変更が繰り返されるおそれがありました。リスク・コストを考慮しつつ、十分に安全性を確保するために(中略)工学的手法を用いて想定津波水位を決めたのに、それそのものが意味がなくなるに等しかったのです(注11)

 株主代表訴訟の法廷に提出した陳述書の中で、武黒氏は、福島第一原発の海側の海抜4メートルの敷地「4m盤」にある非常用海水ポンプなどの設置高さが想定津波高さと近いため、もっと余裕をもたせたほうがいいのではないかと溢水勉強会で議論されたと報告を受け、「安全性の積み増しという見地から考えられる対策があるのであれば実施するのがよいであろう」と理解した、としている。主要建屋の敷地高さを超える水位が無限時間にわたって続くと仮定すると設備や機器が機能を失うとの議論があったとの報告も受けたが、これについては、「現実的なものではなく、仮定的な議論である」と理解した、としている。

 一方、原子力安全・保安院は、4m盤の海水ポンプの設置高さだけでなく、主要建屋についても「タービン建屋大物搬入口及びサービス建屋入口については水密性の扉ではなく、非常用DG吸気ルーバについても、敷地レベルからわずかの高さしかない」と問題視していた(注12)。保安院が東電に求めたのは、想定の引き上げではなく、想定を超える津波に対する耐力の強化であり、リスクの低減だった。

 東電は、こうした保安院側の問題意識をまともに取り合おうとせず、保安院の意向を4m盤の海水ポンプの話に矮小化し、しかも、それさえも、結局のところ何らの対策も具体化しなかった。

 この件を担当した保安院の小野審査班長は、2007年7月に異動する際に後任に残した引き継ぎのメモに次のように記載した。

 津波高さ評価に対し設備の余裕がほとんどないプラント(福島第一、東海第二など)も多く、仮に津波高さが評価値を超える場合には、非常用海水ポンプ等が使用不能となることから、一定の裕度を確保するように議論してきたが、電力のみならずJNESにおいても前向きな対応がなく(中略)具体の対応についての議論がほとんどできなかった。(中略)電事連大で検討結果を説明するように指示しましたが、いまだ音沙汰なしです。

 東京地検の捜査によって把握され、株主代表訴訟の法廷に提出されたこれらの証拠を閲覧して、筆者(奥山)は、2005~2006年の原子力安全・保安院は「想定外の津波」の危険性を認識し、繰り返し、相当強く東京電力に対策を促していた、ということを初めて明確に知った。「保安院はダメ集団」との先入観を覆され、むしろ、スマトラ沖地震などへの感度の鋭さに驚かされた。

 小野審査班長を筆頭に、繰り返し東電に津波対策の強化を行政指導している。単に指導するだけでなく、東電側と問題意識を共有するため、勉強会まで開いている。「これは、保安院としての要望であり、上層部にも伝えていただきたい」との保安院の求めに応じたのだろう、東電の原子力部門のトップだった武黒氏にも報告が上げられた。この経緯は、保安院側の自己正当化のための言い訳ではなく、東京電力や電気事業連合会の側のメモやメール、供述にはっきりと表れている。

 そして、保安院がいくら強く行政指導しても東京電力には馬耳東風だった。そのしたたかさの前で、保安院の官僚たちは、はねつけられていたのだ。

 役所の人事にも影響力を行使できると言われていた時代の東京電力である。監督官庁と事業者の間で通常見られる関係とは異なる関係がそこにあり、なめたような態度が東電の側にあった。

 保安院に何人かいた善良な官僚たちが東電の前でなすすべなくスルーされたのと同様に、この事件を裁く東京地方裁判所の裁判官たちも、おそらく東電の対応を理解しがたいだろう。

 溢水勉強会について武黒元副社長に質問した揚げ句、腑に落ちない、というような表情を浮かべる裁判官たちを見て、筆者(奥山)はそう思った。

 ▽注1https://www.tepco.co.jp/ir/tekiji/pdf/0704272-j.pdf#page=4
 ▽注2:東電株主代表訴訟の甲436号証(刑事裁判では甲B99号証)、小笠原和徳供述調書、2012年10月13日、東京地方検察庁検察官検事高長伯。
 ▽注3:東電株主代表訴訟の甲356号証 (刑事裁判では甲B78号証)、川原修司供述調書、2012年11月5日、東京地方検察庁検察官事務取扱検事宮木恭子。
 ▽注4https://kokkai.ndl.go.jp/txt/108715261X01119790319/0
 ▽注5http://lawyer-kawai.com/cases/douglas.html
 ▽注6https://kokkai.ndl.go.jp/txt/113205261X02119950309/0
 ▽注7:東電株主代表訴訟の甲345号証添付の東電内部文書「想定外津波に関するNISA+JNES打合せ議事録」2005年12月14日。
 ▽注8:東電株主代表訴訟の甲345号証 (刑事裁判では甲B38号証)、長澤和幸供述調書、2012年10月29日、東京地方検察庁検察官事務取扱検事岡部正樹。
 ▽注9:東電株主代表訴訟の甲354号証 (刑事裁判では甲B75号証)、小野祐二供述調書、2012年10月16日、6頁、東京地方検察庁検察官事務取扱検事宮木恭子。
 ▽注10:東電株主代表訴訟の甲356号証 (刑事裁判では甲B78号証)、川原修司供述調書、2012年11月5日、12頁、東京地方検察庁検察官事務取扱検事宮木恭子。
 ▽注11:東電株主代表訴訟の乙B116号証(刑事裁判では弁14号証)、長澤和幸供述調書、2014年12月17日、東京地方検察庁検察官事務取扱検事岡部正樹。
 ▽注12:東電株主代表訴訟の乙B118号証(刑事裁判では弁16号証)、小野祐二供述調書、2014年12月16日、東京地方検察庁検察官検事吉田純平。同供述調書添付資料1の12頁、溢水勉強会の調査結果について、平成19年4月、溢水勉強会。
 ▽注13:「論座」編集部では2021年8月18日(水曜日)午後7時から東京電力の株主代表訴訟についてオンライン上でズームウェビナーを使って記者が語るイベントを開催しました。
 その様子のビデオはこちらから:https://webronza.asahi.com/judiciary/articles/2021082200004.html


 ▽注14:法廷での発言の引用部分の細かな言い回しについて、2022年1月9日、本人調書(反訳書)に基づいて修正した。

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡はokuyamatoshihiro@gmail.com または okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

奥山 俊宏の記事

もっと見る