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[3] 何が羽生結弦を滑らせたのか 「死ぬまでやる!」

青嶋ひろの フリーライター

 いたたまれない思いでいるうちに6分練習が再開され、なんと羽生結弦が現れてしまう。

 「嘘だろ?」「羽生、滑る気なのか!」

 彼らのケガの詳細は、この時点では一切わからなかったし、衝突シーンの映像なども場内に流れないので、状況も判明しない。

トロントで=撮影・筆者拡大トロントで=撮影・筆者
 より近いところで彼らを見ていた記者が、「羽生の頭がハン・ヤン(中国)の顎にぶつかっているように見えた。羽生は頭を強く打ち、ハン・ヤンは顎に頭突きを食らったような形ではないか」などと推測し合うばかりだ。

 しかしどう考えても、これは狂気の沙汰にしか見えない。場内から大きな拍手と歓声が降りそそぐなか、頭にテーピングをした姿の羽生は、それでも4回転を手をついたりしながらも回っている。

 「いやもう、滑りたい気持ちはわかったから、ここでやめよう!」

 「誰か止める人はいないの?」

 さすがにお客さんの掛ける声も悲鳴に近い。頭をガクカク揺らしながら滑り、それでもトリプルアクセル‐トリプルトウなどを跳ぼうとするのだから。

 6分練習を終えた彼を追いかけるように、我々もインタビューエリアにとんでいく。遠目ではあるが、滑る前の彼の様子がそこからならうかがえるのだ。先に滑る3人の選手の演技中、頭を包帯でぐるぐる巻きにしたままの姿で、いったんスケート靴を脱ぎ、比較的平静な様子で彼は出番待ちをしていた。

 廊下を行ったり来たりする姿は、いつもと変わりない。ただ、ときおり「ハン・ヤンは?」と、まだ治療中で、6分練習にも出てこなかった友人のことを気遣っている。彼の治療の様子を心配そうにのぞいたりもしている。この時点で、ハン・ヤンが棄権するかどうかは判明していない。

 滑走前の待ち時間は、どう集中するか、どうテンションを上げるか、とても大事な時間だ。この時間をこの日の彼は、おそらく混乱に満たされたまま過ごしていた。友人の容態を気にしつつ、狂ってしまったタイムスケジュールを気にしつつ、自分の身体の状態を見極めることも、フリーをどう滑りきるかも、最後に気持ちを落ち着けることも、おそらく何もできていなかっただろう。

 それでも極力いつもどおりの様子を見せ、心配する周囲の人には、こんな応えまでしていた。

 「だいじょーぶ! 死ぬまでやる!」

 ああ、これはダメだ、と思った。

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筆者

青嶋ひろの

青嶋ひろの(あおしま・ひろの) フリーライター

静岡県浜松市生まれ。2002年よりフィギュアスケートを取材。日本のトップ選手へのインタビュー集『フィギュアスケート日本女子 ファンブック』『フィギュアスケート日本男子 ファンブック Cutting Edge』を毎年刊行。著書に、『最強男子。 高橋大輔・織田信成・小塚崇彦 バンクーバー五輪フィギュアスケート男子日本代表リポート』(朝日新聞出版)、『浅田真央物語』『羽生結弦物語』(ともに角川つばさ文庫)、『フィギュアスケート男子3 最強日本、若き獅子たちの台頭 宇野昌磨・山本草太・田中刑事・日野龍樹・本田太一」(カドカワ・ミニッツブック、電子書店で配信)など。最新刊は、『百獣繚乱―フィギュアスケート日本男子―ソチからピョンチャンへ』(2015年12月16日発売、KADOKAWA)。

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