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[6]トランプ氏が開けたパンドラの箱 

的中した「予言の自己成就」 問われるメディア人の認知バイアス

真鍋弘樹 朝日新聞編集委員

「予言の自己成就」が的中してしまった

選挙戦最後の集会で演説するトランプ氏=11月8日、ミシガン州グランドラピッズ拡大選挙戦最後の集会で演説するトランプ氏=11月8日、ミシガン州グランドラピッズ

 呆気(あっけ)にとられている。

 前稿の「トランプ氏がアメリカ大統領になる日」で、「予言の自己成就という言葉が気になってならない」と書いた。トランプ氏が大統領になるかもしれない……。多くの人がそう考えることで、無意識のうちにその予言を現実にしてしまうような行動を取るといった意味の心理学用語だが、それが的中してしまった。

 ドナルド・トランプ氏の勝利が絵空事とは言えない理由として、「支持者たちはトランプ氏の暴言やスキャンダルを意に介しない」「トランプ氏こそが『変化』を体現していると思われている」という2点を挙げたが、それはどちらも、米国社会の現実だったようだ。

 今回、勝敗の行方を左右したいくつかの接戦州の票数を、4年前の前回大統領選の結果と比べたると、民主党候補(前回はオバマ氏)は票を減らしていたが、共和党候補(前回はロムニー氏)はほぼ同水準を維持していたことがわかっている。これは、民主党の支持者のかなりの部分が投票所に足を運ばなかった一方で、トランプ氏の支持者は醜聞にもかかわらず、一票を行使したということを意味する。

 また、CNNが全米の有権者を対象に行った出口調査では、大統領に求める資質について、「変化をもたらすこと」が39%と最多になり、うち83%がトランプ氏に投票していた。現状からの「変化」を望んだ米国民の指向は、やはり「トランプ大統領」を求めたのだ。

メディアや選挙予測サイトの読みはみんな外れた

ニューヨークのトランプタワー前で抗議活動をする女性たちと、NYに出没するトランプ支持の「「ネーキッドカウボーイ」拡大ニューヨークのトランプタワー前で抗議活動をする女性たちと、NYに出没するトランプ支持の「「ネーキッドカウボーイ」

 米メディアや、以前に紹介した選挙予測サイトなどの読みはことごとく外れたことになる。

 予測の前提となった事前の世論調査が大きくヒラリー・クリントン氏支持に傾いていたことについては、「シャイ・ボーター」(恥ずかしがりの投票者)と言われる人々が多く存在したためではないかと推測されている。

 つまり、トランプ氏に投票しようと考えているのに、世論調査にはそう正直に答えなかった「隠れ支持者」が数多く存在したというのだ。これは証明不能とはいえ、あり得ることだと思う。

 だが、それよりも、大きかったのは、メディアに属する人々の認知バイアスではないかと私は考えている。

 保守、リベラルにかかわらず、米主要メディアのほぼすべてが、トランプ氏を批判していた。

 「トランプ氏は大統領にふさわしくない」「当選するべきではない」という自身の考えが、いつの間にか、「勝つはずがない」「きっと当選しない」という思い込みにすり替わってしまったのではないか。

 私自身、トランプ大統領誕生を「絵空事ではない」と書きながら、心の底ではそれを否定していた。冒頭に書いた「予言の自己成就」とは矛盾した話のようだが、「トランプ氏が勝つかもしれない」というふくれあがる嫌な予感を、世論調査や選挙予測サイトの推定を根拠に無理やり押さえ込んでいたということかもしれない。

パンドラの箱の中身をのぞくと……

「私の大統領ではない!」。トランプ氏の大統領選勝利に抗議するニューヨークのデモ拡大「私の大統領ではない!」。トランプ氏の大統領選勝利に抗議するニューヨークのデモ

 8年前の大統領選の時、シカゴのグラントパークでオバマ氏の勝利演説を聞いた。野外公園に集まった10万人を超す聴衆の大半は、黒人初の大統領の誕生を目にして、叫び、抱き合い、涙を流していた。

 今回は、選挙翌日からニューヨークやロサンゼルスなどの大都市で、選挙結果を受け入れられない人々が大規模なデモを行っている。この8年間で、米国民の選択が180度ひっくり返ったのを目の当たりにしたことになる。

 連載の最後となる当稿では、なぜトランプ氏が勝利したのかを分析しながら、この選挙が水面上に出した米国社会の分断と変容をまとめてみたい。トランプ氏という希代のポピュリズム政治家が開けた「パンドラの箱」の中身をのぞいてみよう。

63パーセントの白人男性がトランプ氏を選んだ

 出口調査からトランプ氏の勝因を分析すると、きわめて単純な事実が浮かび上がる。同氏を選んだのは、白人の58%だった。さらに白人の男性に限定すると63%となる。一方で、クリントン氏に投票した有権者は、黒人やヒスパニック系などの非白人(74%)、45歳以下の世代(52%)、そして女性(54%)で過半を超えた。端的に言えば、今回の大統領選はイデオロギーや党派間の闘争というよりも、単純に人口構成の争いと言った方がいい結果となった。

「マイノリティーに支持されなければ未来はない」と共和党は考えていた

 アメリカは、人種的多様性と多元的価値観を重んじる国へと歩を進めていたはずだった。オバマ大統領は過去2回、2008年、2012年の大統領選で、人種的少数派や若者、女性の票を集めて勝利したことが、それを証明していた。

 連敗を喫した共和党の側は、「遺体検案書」と自嘲気味に呼ばれた敗因分析の報告書を作成している。

 その結論をかいつまんで言えば、「マイノリティーに支持されなければ共和党の未来はない」というものだった。白人の過半に支持されていないオバマ氏に2度も続けて負けた以上、共和党側も白人以外の票を集めなければ勝てないのは自明だ。今後は白人の人口が減り続け、20~30年後には人口の50%を割り込む「マジョリティー・マイノリティー」になるとも予測されているのだから。

 今回の選挙では、その反省に立って、ヒスパニック系有権者が親しみを感じやすい候補者、キューバ移民の子であるマルコ・ルビオ氏、妻がメキシコ出身でスペイン語に堪能なジェブ・ブッシュ氏らに期待がかかった。だが、共和党主流派の願いに反して、白人の圧倒的な支持を集めたトランプ氏が大統領候補となった。

 白人の支持だけで勝利するのが厳しくなっている以上、今回の選挙でも、「マイノリティー連合」がクリントン氏を大統領の座に押し上げると多くの人は考えていた。これも、前述したメディア側の思い込みにつながったわけだが、歴史の大きな方向性として、黒人(アフリカ系)初の大統領から、初の女性へとバトンが渡される……はずだった。

各地でわき上がった「白人たちのバックラッシュ」

 往々にして、歴史はまっすぐには進まない。停滞し、ねじ曲がり、時に大きく後戻りする。

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筆者

真鍋弘樹

真鍋弘樹(まなべ・ひろき) 朝日新聞編集委員

1965年生まれ。一橋大学社会学部卒。朝日新聞入社後は社会部、那覇支局、ニューヨーク特派員、論説委員などを経てニューヨーク支局長。過去に「ロストジェネレーション」、「愛国を歩く」などの連載企画を手がけたほか、オバマ大統領が当選した2008年の米大統領選を担当した。著書に「3・11から考える家族」(岩波書店)、「花を 若年性アルツハイマー病と生きる夫婦の記録」(朝日新聞)、共著に「孤族の国 ひとりがつながる時代へ」(同)、「ロストジェネレーション さまよう2000万人」(同)などがある。

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