「ワオ!」が減ったユネスコの世界遺産 「不登録」勧告でも逆転登録に
2019年07月13日
仁徳天皇陵などの「百舌鳥・古市古墳群」(大阪府)の世界遺産登録を決めた今年のユネスコ世界遺産委員会。アゼルバイジャンで開かれ、世界26カ国29件の世界遺産が新たに誕生した。これで計1121件となった。
新登録の遺産には、世界的に名の知れたものもある。
ミャンマーの「バガン」は、カンボジアのアンコール・ワット、インドネシアのボロブドゥールと並ぶ世界3大仏教遺跡の一つだ。イラクの「バビロン」は、世界史でも習ったメソポタミアの古代都市遺跡。そして、アメリカからは「フランク・ロイド・ライトの20世紀建築作品群」として、落水荘やグッゲンハイム美術館などの名建築が登録された。
とはいえ、それはほんの一部。多くは初めて聞いた遺産ばかりだった。カナダの「ライティング-オン-ストーン/アイシナイピ」、ポーランドの「クシェミオンキの先史時代の縞状ひうち石採掘地」・・・・・・。その名称からはどんな遺産なのか、想像すらできない。ユネスコ世界遺産センターのホームページで新遺産が紹介されているが、写真を見ても説明を読んでも、「これぞ世界遺産」とすんなり理解できないものも多かった。
パズルのピースを埋めた百舌鳥・古市古墳群 52カ国の409件を訪ねた筒井次郎記者が読み解く、世界遺産の光と影
ライフワークとして世界52カ国の409件の世界遺産を訪ねた私だが、実はいま、その情熱は「平熱」になっている。
私が世界遺産の旅を始めた1997年夏、世界中の世界遺産は506件だった。当時は歴史上有名な建物や雄大な自然が、比較的目立っていた。それから20年経ち、世界遺産は倍増した。だが、その多くは「聞き慣れない世界遺産」ばかりなのだ。
「ワオ・ファクター」という言葉がある。
驚いた時に発する「Wow!」という声と、要因という意味の「factor」で、「人を感動させる要因」を意味する。例えば、エジプトのピラミッドやアメリカのグランドキャニオン国立公園。いずれも世界遺産で、実際に生で見た人は、思わず「Wow!」と発するだろう。日本でいえば、大手門をくぐった先に現れる姫路城がまさしく「Wow!」。京都の清水寺や奈良の東大寺、水に浮かぶ厳島神社も、そうであろう。
今回、国内23件目の世界遺産となった百舌鳥・古市古墳群は、仁徳天皇陵の空撮写真が「Wow!」だ。大阪の空港に離着陸する機内から眼下に見えることもあり、都会の市街地に巨大な島のように浮かぶ鍵穴形の墳丘は、その規模をエジプトのピラミッドと比較したくなる気持ちも分かる。世界遺産センターのホームページに載った写真は、29件の新遺産の中でも際立っていた。
古墳群の登録には「墳墓によって権力を象徴した日本列島の人々の歴史を物語る顕著な物証」という理由がある。もちろんその通りなのだが、「そこに巨大古墳が存在している」という視覚で引きつける要素は大きかったと思う。
初期に登録された世界遺産は、こんな「Wow!」が多かった。
2年目の79年にはフランスの「モン-サン-ミシェルとその湾」。80年代にはオーストラリアの「グレート・バリア・リーフ」、インドの「タージ・マハル」、ペルーの「マチュ・ピチュの歴史保護区」、トルコの「イスタンブール歴史地域」、ギリシャの「アテネのアクロポリス」などが登録された。古代遺跡や大聖堂、歴史的な町並み、雄大な自然が多かった。
日本の世界遺産条約批准は遅れ、世界で125番目の1992年だった。国内第1号は「姫路城」「法隆寺地域の仏教建造物」「白神山地」「屋久島」の4カ所。この頃から世界的には「聞き慣れない世界遺産」が増え始めた。「Wow!」と一目見ただけで驚くような候補地が少なくなり、21世紀になると、見た目は地味でもその背後にあるストーリーに注目するようになっていった。大聖堂や歴史的な町並みが多く登録されている欧米への偏りが指摘され、アフリカなど遺産数の少ない国々の登録が優先された。
ワイン畑や棚田といった農業遺産、鉱山や工場跡といった産業遺産、20世紀建築など、定番ではない分野の登録が増えていった。有名ワインやテキーラ、コーヒーの産地が世界遺産だなんて、日本では考えつかないかもしれない。茶畑が世界遺産になるようなものだ。実際、日本でも宇治茶の茶畑の登録運動がある。
それと同時に、一見しただけでは理解できない「難しい遺産」が増えていった。
「Wow!」がない分、なぜ世界遺産なのか、説明が必要になるわけだ。となると、説明のために長い名称の世界遺産も増えた。特に印象深いのは1999年に登録されたポーランドの「カルヴァリア・ゼブジトフスカ:マニエリスム様式の建築と公園の景観複合体と巡礼公園」だ。名称からは想像もできないが、キリスト教の聖地エルサレムを模したミニ巡礼地で、44の宗教建物をめぐる。欧州の建築史やキリスト教の基本は理解しているつもりだが、それでもマニアックな世界だった。
世界遺産になる必須条件は「OUV(Outstanding Universal Valueの略)」。日本語では「顕著な普遍的価値」と訳される。先に挙げたモン-サン-ミシェルもタージ・マハルもマチュ・ピチュも、「人類の傑作」として評価されたが、これは誰もが納得できるだろう。しかし、近年はこの「傑作」候補が減っている。それでも世界遺産に登録したい各国の思惑で、様々な登録理由が練られている。一度登録を逃しても、作戦を練り直せば登録されることもあるのだ。
私は、専門的すぎる、難しい世界遺産が増えすぎることには賛成できない。ただ、一方で「これが世界遺産?」という資産の中にも、心打たれるストーリーを持つ世界遺産があるのも事実だ。
その一つが、2004年に登録されたスウェーデンの「ヴァールベリのグリメトン無線局」。いまは牧草が広がる地に、6本の高い鉄塔とともに建物が残っている。1920年代に建てられた。当時スウェーデンは貧しく、大勢の国民が新天地アメリカに移り住んだ。当時の最先端技術で無線通信は大西洋を越え、アメリカと母国をつないだのだ。多くの庶民の思いを海の向こうへ届けた、そんなストーリーを聞き、私は胸が熱くなった。私は、こんな世界遺産を「しっとり遺産」と呼んでいる。
ユニークな世界遺産もある。05年に登録された「シュトルーヴェの測地孤」だ。天文学者のシュトルーヴェが19世紀、地球の形を測量した三角測量地点の連なりで、200を超す地点のうち、34カ所が世界遺産になった。北欧ノルウェーから黒海沿岸のウクライナまで10カ国にまたがる。説明は壮大だが、実際に私が訪れたフィンランドの地点は、山道の先にあった、地面を削った小さなくぼみだった。この小さな点が、集まれば世界遺産なのだ。
こうした世界遺産の登録物件の傾向を、イコモス国内委員会理事を務めた京都府立大の宗田好史教授が、わかりやすく説明してくれた。
「世界遺産の登録が始まった初期は、ピラミッドなど、だれもが知っている世界的な名所が選ばれました。いわば『Aクラス』です。これがほぼ出尽くした1990年代ごろからは、あまり知られていないが、実はすごいという『Bクラス』。21世紀になると、欧米ばかりに世界遺産が偏っているとして、世界中でまんべんなく増やそうとし、今までにない分野の資産に着目したこともあり、いわば『Cクラス』のものも増えてきたのです」
この流れは、国内の遺産登録も似ている。1990年代は「姫路城」や「法隆寺」「古都京都の文化財」「厳島神社」「日光の社寺」などが登録された。建物の多くは国宝で、観光地としてもよく知られた場所だ。
21世紀になると「紀伊山地の霊場と参詣道」「石見銀山遺跡とその文化的景観」「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」など、初めて聞くような世界遺産が増えてきた。
2013年に登録された富士山は、その登録理由が分かりづらい。「日本の象徴」では「世界」の遺産にはならない。美しい円錐形の姿も地球レベルで見ると特別ではない。自然では評価されず、文化の面で登録されたのだ。
正式名は「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」。その名が示すとおり、修験道などの信仰の対象となったり、浮世絵などの芸術の創作の源となったりした面を強調している。
登録されたのは山(標高1500m以上)だけでなく、あまり知られていない周辺の神社も含め、資産は合計25にも及ぶ。建物の価値に注目したわけではないので、国宝の建物はない。
富士山は、世界遺産にならなくても、日本人にとっては特別な価値がある。ただ、「日本の象徴」をどうしても世界遺産にしたいがためにテクニカルな手法をとったという印象が強い。個々の資産の神社や湖だけを見ると「これが世界遺産?」と思う。すべてそろって世界遺産なのだが、それは私たちが富士山に感じる「日本の象徴」とは別のものだ。「Cクラス」とは言わないが、
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