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「Cクラス世界遺産」登録 そろそろやめどきでは

「ワオ!」が減ったユネスコの世界遺産 「不登録」勧告でも逆転登録に

筒井次郎 朝日新聞記者

審査はストーリー性重視に

 初期に登録された世界遺産は、こんな「Wow!」が多かった。

世界遺産2拡大アメリカの「イエローストーン国立公園」。名称の由来となった渓谷とロウアー滝=筆者撮影
 世界遺産条約が発効したのが1972年。登録が始まったのは78年だ。栄えある最初の年の世界遺産は12件だった。ダーウィンの進化論で知られるエクアドルの「ガラパゴス諸島」、世界初の国立公園、アメリカの「イエローストーン国立公園」などだ。

 2年目の79年にはフランスの「モン-サン-ミシェルとその湾」。80年代にはオーストラリアの「グレート・バリア・リーフ」、インドの「タージ・マハル」、ペルーの「マチュ・ピチュの歴史保護区」、トルコの「イスタンブール歴史地域」、ギリシャの「アテネのアクロポリス」などが登録された。古代遺跡や大聖堂、歴史的な町並み、雄大な自然が多かった。

 日本の世界遺産条約批准は遅れ、世界で125番目の1992年だった。国内第1号は「姫路城」「法隆寺地域の仏教建造物」「白神山地」「屋久島」の4カ所。この頃から世界的には「聞き慣れない世界遺産」が増え始めた。「Wow!」と一目見ただけで驚くような候補地が少なくなり、21世紀になると、見た目は地味でもその背後にあるストーリーに注目するようになっていった。大聖堂や歴史的な町並みが多く登録されている欧米への偏りが指摘され、アフリカなど遺産数の少ない国々の登録が優先された。

 ワイン畑や棚田といった農業遺産、鉱山や工場跡といった産業遺産、20世紀建築など、定番ではない分野の登録が増えていった。有名ワインやテキーラ、コーヒーの産地が世界遺産だなんて、日本では考えつかないかもしれない。茶畑が世界遺産になるようなものだ。実際、日本でも宇治茶の茶畑の登録運動がある。

説明がないと理解できない「難しい遺産」の時代に

 それと同時に、一見しただけでは理解できない「難しい遺産」が増えていった。

 「Wow!」がない分、なぜ世界遺産なのか、説明が必要になるわけだ。となると、説明のために長い名称の世界遺産も増えた。特に印象深いのは1999年に登録されたポーランドの「カルヴァリア・ゼブジトフスカ:マニエリスム様式の建築と公園の景観複合体と巡礼公園」だ。名称からは想像もできないが、キリスト教の聖地エルサレムを模したミニ巡礼地で、44の宗教建物をめぐる。欧州の建築史やキリスト教の基本は理解しているつもりだが、それでもマニアックな世界だった。

世界遺産2拡大ポーランドの「カルヴァリア・ゼブジトフスカ」の聖堂。正式名は覚えられないほど長い=筆者撮影

 世界遺産になる必須条件は「OUV(Outstanding Universal Valueの略)」。日本語では「顕著な普遍的価値」と訳される。先に挙げたモン-サン-ミシェルもタージ・マハルもマチュ・ピチュも、「人類の傑作」として評価されたが、これは誰もが納得できるだろう。しかし、近年はこの「傑作」候補が減っている。それでも世界遺産に登録したい各国の思惑で、様々な登録理由が練られている。一度登録を逃しても、作戦を練り直せば登録されることもあるのだ。

 私は、専門的すぎる、難しい世界遺産が増えすぎることには賛成できない。ただ、一方で「これが世界遺産?」という資産の中にも、心打たれるストーリーを持つ世界遺産があるのも事実だ。

 その一つが、2004年に登録されたスウェーデンの「ヴァールベリのグリメトン無線局」。いまは牧草が広がる地に、6本の高い鉄塔とともに建物が残っている。1920年代に建てられた。当時スウェーデンは貧しく、大勢の国民が新天地アメリカに移り住んだ。当時の最先端技術で無線通信は大西洋を越え、アメリカと母国をつないだのだ。多くの庶民の思いを海の向こうへ届けた、そんなストーリーを聞き、私は胸が熱くなった。私は、こんな世界遺産を「しっとり遺産」と呼んでいる。

世界遺産2拡大スウェーデンの「ヴァールベリのグリメトン無線局」には、心打たれるストーリーがある=筆者撮影

 ユニークな世界遺産もある。05年に登録された「シュトルーヴェの測地孤」だ。天文学者のシュトルーヴェが19世紀、地球の形を測量した三角測量地点の連なりで、200を超す地点のうち、34カ所が世界遺産になった。北欧ノルウェーから黒海沿岸のウクライナまで10カ国にまたがる。説明は壮大だが、実際に私が訪れたフィンランドの地点は、山道の先にあった、地面を削った小さなくぼみだった。この小さな点が、集まれば世界遺産なのだ。

世界遺産2拡大「シュトルーヴェの測地孤」の三角測量地点の横に、世界遺産の表示板が立つ=筆者撮影
世界遺産2拡大「シュトルーヴェの測地孤」の三角測量地点の一つ。測量時の小さなくぼみが世界遺産だ=筆者撮影

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筆者

筒井次郎

筒井次郎(つつい・じろう) 朝日新聞記者

1993年朝日新聞社入社。京都や奈良、姫路など世界遺産のある総局や支局に赴任。現在は延暦寺(世界遺産)や彦根城(世界遺産候補)を抱える滋賀県の大津総局に勤務。寺社や遺跡、それを守る人々への取材を重ねる一方、1997年にライフワークとして始めた世界遺産めぐりは52カ国409件を訪問済み。育児休業を3度、計11カ月取得し、子育て世代の取材にも関心がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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