奥田進一(おくだしんいち) 拓殖大学政経学部教授
1969年川崎市生まれ。1995年3月早稲田大学大学院法学研究科修了。放送大学客員教授、早稲田大学社会科学総合学術院客員教授、西東京市建築紛争審査会委員などを兼務。著書に『環境法へのアプローチ』『中国の森林をめぐる法政策研究』『環境法のフロンティア』『共有資源管理利用の法制度』『森林と法』『後藤新平の発想力』など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
中国の食糧政策は「自給」から「輸入」へとシフトした
かつて、中国の宴会といえば、テーブルに乗りきらない程の料理がならび、アルコール度数の極めて強い蒸留酒での乾杯を延々と繰り返すのが常であった。料理を少し残すのがもてなす側へのマナーだと教示されても、否が応でも残さざるを得ない結果となる。余った料理を持ち帰る習慣もあるが、格式の高い宴会やメンツを重視する富裕層の宴席ではそのようなことはせずに、高級料理の数々が残飯となって廃棄される。
しかし、2021年4月29日に施行された「反食品浪費法」は、そのような光景を一変させた。日本の一部メディアは、「大食い禁止法」あるいは「中国版食品ロス法」が制定されたとしてやや滑稽に報じていた。なるほど、同法は、大食い選手権のようなテレビ番組やネット配信コンテンツの制作を禁止し(法22条)、これに違反すると最高で10万人民元(約170万円)の罰金が科せられるとともに、場合によっては業務停止や法人等の解散に加えて、法人等の責任者個人が別途法的責任を追及されることになる(法28条)。
同法の目的は、「食品浪費を防止し、国家の食糧安全を保障し、中華民族の伝統的美徳を昂揚し、社会主義の核心的価値観を実践し、資源を節約し、環境を保護し、経済社会の持続可能な発展を促進する」ことにある(法1条)。目的が盛りだくさんでやや散漫に思われるが、「食糧安全保障」と「資源節約・環境保護」を明確に謳っている点に注目したい。
じつは、この法律の制定背景を丹念に探ってみると、中国が現在克服しようとしている歴史的難題と、これから描こうとしている国家戦略をうかがい知ることができる。なお、本稿で使用している「食糧」は、「米や麦などの主食」に限定していることを念のため断っておく。