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大統領を訴えた若者がコスタリカの韓国大使に

平和活動家を任命する平和外交

伊藤千尋 フリー・ジャーナリスト

 日本と同じく平和憲法を持つ中南米のコスタリカで、かつて大統領の行動を平和憲法に違反すると訴えて勝利した当時の大学生ロベルト・サモラ氏が1月27日、大使となって韓国に着任する。わずか34歳で、在任中の同国の大使では最年少の若さだ。

 平和活動家の大使への起用は、この国の平和外交を象徴する。

大統領への違憲訴訟で勝訴した判決文を手にする学生時代のロベルトサモラ氏2004年本人提供拡大大統領への違憲訴訟で勝訴した判決文を手にする学生時代のロベルト・サモラ氏=2004年、本人提供
 サモラ氏がコスタリカ大学法学部の3年生だった2003年、当時の大統領が米国のイラク戦争を支持すると表明した。

 コスタリカは1949年に制定された現憲法で軍隊を禁止し、83年にはあらためて永久非武装、積極的中立を宣言した。国際的にも平和国家として評価が高い。

 サモラ氏は、大統領の行為はこの国の憲法や平和主義政策に反すると最高裁に提訴し翌04年、全面勝訴の判決を勝ち取った。大統領は判決に従った。

 サモラ氏は大学を卒業後、ドイツやアイルランドの大学で人権を学び、帰国後は弁護士を開業した。

 そのかたわら世界各地に出かけて平和活動に取り組み、来日して日本のNGO「ピースボート」のスタッフとなって憲法9条を世界に広める活動をした。ブラジルで開かれた世界社会フォーラムなど国際会議でスピーカーを務めたこともある。

 こうした経験が買われて大使への抜擢となった。同氏はすでに2014年、韓国を訪れて事前視察した。コスタリカの韓国大使館には大使のほか公使とスタッフが二人いる。大使としての定まった任期はない。

 外交官の経験が無い若者をいきなり大使に登用するのは、コスタリカの外交からすれば珍しい人事ではない。14年7月まで日本大使だったアルバロ・セデーニョ氏は、着任したとき36歳だった。彼もコスタリカ大学法学部の出身で、元はNGO活動家だ。

 セデーニョ氏はノルウエーやオーストラリアの大学で平和と紛争解決学を学び、インドで「平和で公正な世界の実現に貢献する地球市民の育成」を目標とする国際NGOの活動をし、同じ活動家だった日系ブラジル人女性と結婚した。

 そこに外務省から声がかかり2007年に中国大使に起用されたあと、11年に日本大使となった。来日して最初の活動は、夫人とともに石巻に行って東日本大震災の孤児の世話をするボランティアだった。

 平和構築の意欲に満ちた若手を世界の最先端の現場に国の代表として配置するのがコスタリカの平和外交だ。外交官は単に自国と相手国との橋渡し役ではなく、平和を輸出する役割を担う。

 コスタリカではかつて、オスカル・アリアス大統領が中米3カ国の内戦を終結させる道筋をつけた功績で1987年にノーベル平和賞を受賞した。平和国家は自分の国だけが平和で満足するのでなく、周りの国も平和にすべきだという発想だ。

 彼は受賞演説で「歴史は夢が現実に変わることを要求している。二度とヒロシマはあってはならない。武器はそれのみで火を吹かない。希望を失った者が、武器の火を吹かせる」と語った。さらに95年に朝日新聞が主催した国際会議「希望の未来」では「私たちにとって最も良い防衛手段は、防衛手段を持たないことだ」と発言した。

 平和憲法をただ持っているだけでなく、平和を広げるのがこの国の「積極的平和主義」だ。 ・・・ログインして読む
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筆者

伊藤千尋

伊藤千尋(いとう・ちひろ) フリー・ジャーナリスト

1949年、山口県生まれ、東大法学部卒。学生時代にキューバでサトウキビ刈り国際ボランティア、東大「ジプシー」調査探検隊長として東欧を現地調査。74年、朝日新聞に入社し長崎支局、東京本社外報部など経てサンパウロ支局長(中南米特派員)、バルセロナ支局長(欧州特派員)、ロサンゼルス支局長(米州特派員)を歴任、be編集部を最後に2014年9月、退職しフリー・ジャーナリストに。NGO「コスタリカ平和の会」共同代表。著書に『地球を活かすー市民が創る自然エネルギー』『活憲の時代』『変革の時代』『ゲバラの夢、熱き中南米』(以上、シネフロント社)、『一人の声が世界を変えた』『辺境を旅ゆけば日本が見えた』(以上、新日本出版社)、『世界一周 元気な市民力』(大月書店)、『反米大陸』(集英社新書)、『観光コースでないベトナム』(高文研)、『闘う新聞ーハンギョレの12年』(岩波ブックレット)、『燃える中南米』(岩波新書)など。

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