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バカンスは「権利」ではなく「義務」

「バカンス天国」フランス。国際式典を欠席したマクロン大統領への批判も一部どまり

山口 昌子 パリ在住ジャーナリスト

 フランス政府は8月3日の閣議を最後に、2週間のバカンスに入っていた。マクロン大統領は南仏ブレガンソンの大統領府別邸に、ブリジット夫人と2人で逗留中。首相の滞在先は秘密だ。

 閣僚らは、「いざ」という時に即、出勤対応できる「場所」にいることだけを条件に、各自がそれぞれバカンス満喫している。アミアンの式典欠席に対する批判も一部にとどまり、大統領は時々、外出しては地元民から熱烈歓迎を受けている。

 7月14日の革命記念日が過ぎると、TVニュースでも週末の高速道路の渋滞ぶりが主要テーマだ。書類関係の仕事などは6月までにすべてすませておかないと、「バカンス」のために役所などはどこも開店休業中。9月中旬のバカンスあけを待たなければ、何もできない。

 冒頭でも書いたように、フランスでは「有給休暇」は「権利」というより「義務」だ。消化をしていない従業員がいると、年度末に労働省から雇用主に対して、「取らせるように」と厳しい催促がくる。雇用主は有給休暇を買い上げて働かせることも可能だが、これにも限度がある。その意味で、大統領以下、政府が率先して手本を示しているとも言える。

夏場に働くのは「管理職」だけ

 ただ、「管理職」にはこの「義務」はない。だから、極端な話、夏場に働いているのは管理職だけということになる。実際、政府も5週間のところを2週間で切り上げている。

 週末も同様だ。バカンス期間中の土曜の夕方に文化相にインタビューしたことがある。バカンス前に秘書から通知のあった日時がバカンス中の土曜だったので、何度も確認すると、「この日!」と秘書は最後は怒り気味の返答。「当日は表門は閉まっているから、裏の通用口から入れ」と付け加えた。

 当日、言われた通りに通用口で手続きをすませて入ると、屋内は省電なのか、電灯が消してあって薄暗い。誰もいないガランとして長い廊下を通って大臣室に辿(たど)りついたが、もちろん、秘書はいない。出てきた大臣は日焼けしていたが、「選挙区から戻ったところ」と、書類の山を前に忙しそうだった。

 TV局勤務の友人は「有給休暇を取ったことがない」という。週末に多い行事ものの取材で土日出勤するため代休がたまり、2、3週間分の休暇が代休で取れてしまうという。有給休暇分は限度額まで支給してもらい、これをバカンス費用に充てるというわけだ。

人民戦線政府以来の「バカンス天国」

ビーチリゾートに衣替えしたセーヌ河畔の自動車道路=2010年7月20日、パリ 拡大ビーチリゾートに衣替えしたセーヌ河畔の自動車道路=2010年7月20日、パリ

 フランスで「バカンス天国」、つまり有給休暇が開始したのは1936年の人民戦線政府時代だ。それ以前は、富裕層だけの特権だったが、時の首相レオン・ブルムが「健康のため」と就任前から「バカンス有用説」を唱え、2週間の有給休暇を実現した。

 その後、有給休暇という画期的な制度は当然ながら国民に支持され、政府にとっては一種の国民懐柔策にもなった。アルジェリア戦争の真っ最中の1956年に3週間、68年5月革命直後の69年に4週間、そして81年の初のミッテラン社会党大統領誕生時に5週間に延長された。

 さすがに、これ以上は長すぎるとあって、その後の政府は延長を実施していない。とはいえ、「経済が停滞する」「国際競争に勝てない」との批判もどこ吹く風。今や国際情勢の方が、この「バカンス有用説」に傾きはじめている。

経済的に困難な子供が対象のバカンス計画も

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筆者

山口 昌子

山口 昌子(やまぐち しょうこ) パリ在住ジャーナリスト

1990年よりパリ在住ジャーナリスト。主著書に『大統領府から読むフランス300年史』『パリの福澤諭吉』『ココ・シャネルの真実』『原発大国フランスからの警告』『フランス流テロとの戦い方』など。

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