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小泉純一郎が私に託した中国への手紙

小泉首相は2001年、盧溝橋の人民抗日戦争記念館を訪れた。その背後に安倍氏がいた

冨名腰隆 朝日新聞記者 中国総局員

靖国参拝のこと

 紙には「小泉純一郎講演記録 靖国神社参拝についての部分」とあった。首相退任から1年も経たない2007年7月23日に鹿児島市内のホテルで語ったものだ。その「手紙」を、私はその場で一気に読み上げた。やや長いが引用する。

 私は読書が好きで、特に歴史・時代小説好きですが、もし今まで読んだ本の中で最も感銘を受けた本、感動した本を一冊挙げろといわれれば、海軍飛行予備学生の遺稿集(第十四期会編)「ああ同期の桜 かえらざる青春の手記」です。
 この本を学生時代に読んで強烈な印象、深い感銘を受けたんです。
 あの本を私は涙ながらに読んで、今までの自分の生活を振り返ると恥ずかしい思いをしました。もし私があの時代に生まれて、同じ年頃だったら当然、戦争に行きたくなくても、行かざるをえない状況にあったと思います。そのような時にあの若人のような立派な態度を私は果たしてとれるだろうか。あの本を読んでから、愚痴をこぼしたり不平・不満を言うのは恥ずかしいと思うようになりました。以来、何か苦しいことがあると、あの特攻隊員の気持ちを思い、現在の苦しい状況と、どちらがいいか考えるんです。
 いざ、死ぬために飛び立たなければならなかった特攻隊員の気持ちを思うんです。
 もっと生きていたかったでしょう。やりたいこともたくさんあったでしょう。
 そのような思いを捨てて、家族と別れ、祖国のために命を投げ出さねばならなかった特攻隊員の気持ちと比べたら今の苦労なんかなんでもないじゃないかと自分に言い聞かせながら私も頑張ってきたつもりです。
 知覧特攻平和会館を訪れて、当時の特攻隊員の写真や遺書をみて何も感じずに立ち去る人はいないでしょう。
 現在の日本の平和と繁栄は今生きている人だけで築かれたものではなく、尊い命を投げ出さなければならなかった人たちの犠牲の上に成り立っているものだということを我々は忘れてはならない。
 二度と戦争をしてはいけないという気持ちで、今まで靖国神社に参拝してきました。
 特定の人に対して靖国神社に参拝しているわけではありません。
 心ならずも家族と別れて命を捨てなければならなかった、多くの戦没者の方々に敬意と感謝の誠を捧げ、哀悼の意を表すために靖国神社に参拝しているのであります。
 私は日中友好論者であります。
 中国政府は、将来いつかきっと後悔するでしょう。
 友好国の日本国首相、しかも民主的に選ばれた首相に対して、靖国神社に参拝するかしないかを条件に首脳会談を行うか行わないか考えると言ってきた。
 私は首脳会談を拒否されても閣僚諸君は大いに中国との交流を進めてほしいと指示してきました。
 経済界も一般国民も交流を拡大し、ますます中国との友好関係を発展させるべきだと考えるからです。
 私を支援し協力してくれる国会議員や経済界の人の中にも私が総理大臣在任中は靖国参拝はするなと忠告してくれた人もいました。
 しかし私は靖国参拝の考えを説明し、もし本当に多くの国民が私の靖国参拝をいけないと批判するなら、そのような国民の総理大臣になっていたいとは思わないと言ったんです。
 ブッシュ大統領との会談の際、中国問題が話題になった時にこういう話がありました。
 小泉は中国や韓国の首脳が靖国参拝するなといっても言うことをきかないが、ブッシュ大統領が靖国参拝するなと言えば、小泉は言うことをきくだろうと思っている日本国民がいる。
 しかし私は、ブッシュ大統領、あなたが靖国神社参拝するなと言っても、私は必ず毎年参拝すると言ったらブッシュ大統領は「オレはそんなこといわない」と笑っていましたよ。
 中国政府、韓国政府も将来、日本の首相に対して「なんと大人げない、恥ずかしいことをしたんだろう」と後悔する時がくると思いますが、これから中国や韓国との関係は、ますます重要になってきます。
 様々な分野で交流を拡大し、友好関係を発展させていかなければなりません。

 その「手紙」を読み終え、私は「もう少し別のやり方はあった気がする」という思いを小泉氏に率直に伝えた。

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筆者

冨名腰隆

冨名腰隆(ふなこし・たかし) 朝日新聞記者 中国総局員

1977年、大阪府生まれ。同志社大学法学部卒。2000年、朝日新聞入社。静岡、新潟総局を経て2005年に政治部。首相官邸、自民党、公明党、民主党、外務省などを担当。2016年に上海支局長、2018年より中国総局員。共著に「小泉純一郎、最後の闘い ただちに『原発ゼロ』へ!」(筑摩書房)

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