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森友小学校の教育理念とは何だったのか

永尾俊彦 ルポライター

現代の「臣下」を養成する教育理念

 森友小の「教育理念」には、「本学は皇室・神ながらの道に沿った教育勅語、ノブレスオブリージュ(筆者注・仏語で、身分の高い者はそれにともなう社会的責任と義務があるという倫理)の精神を尊重した小学校カリキュラムによって『豊かな人間力』と『確かな学力』をつけます」ともある。

 「神ながらの道」とは、「神の御心のままの道」という意味だが、明治時代に井上毅(こわし)法制局長官らが作成して明治天皇の名で公布された教育勅語を「神の御心に沿ったもの」と規定している。

 大日本帝国憲法公布(1989年)の翌90(明治23)年に公布された教育勅語は、中央集権国家体制を支える臣民を育成し、自由民権運動を抑えるために作成された。「勅語」とは、天皇の口頭での意思表示の意味で、全文は315文字と短く、内容は大きく3点だ。

① 歴代の天皇が道徳を形成し、臣下が天皇に尽くした忠誠が国柄の精髄で教育の基づくところでもあるということの宣言。
② 父母には孝行せよ、兄弟姉妹は仲良くし、夫婦はむつみあい、友達は信じあうよう、そして戦争になったら天皇家のために命を投げ出せ、など臣民の体得すべき12の徳目の提示。
③ この道は、間違いがないので自分(天皇)もこの道を臣民とともに守る。皆一致してこの道を体得実践することを望むという呼びかけ。

 だが、お茶の水女子大学基幹研究院人間科学系の米田俊彦教授(教育科学)は、かつての侵略戦争の大きな原因の一つとして、「自分を犠牲にしてでも『皇運扶翼』のために尽すという教育勅語の精神が日本人全体に行き渡っていたこと、そして日本人が、侵略や残虐な行為を繰り返してもそれを『道義』の実現としか考えられなかったこと」をあげる(教育史学会編『教育勅語の何が問題か』岩波ブックレット)。教育勅語によって、日本人は言わば「洗脳」されてしまったのである。

 だからこそ、1948年に衆議院で「排除」が決議され、参議院でも「失効」が確認されたのだ。

 しかし、その復活を願う政治家は多く、国会では繰り返し教育勅語が取り上げられてきた。日本教育学会の調査では、1947年の第1回国会から2017年の第193国会までのうち106の国会(約55%)で教育勅語についての発言があった(日本教育学会教育勅語問題ワーキンググループ編『教育勅語の教材使用問題に関する研究報告書』2017年12月)。実に、ほぼ2回に1回の割合だ。

 最近も、柴山昌彦文部科学大臣が10月2日の就任会見で、「教育勅語については、それが現代風に解釈をされたり、あるいはアレンジをした形でですね、今の例えば道徳等に使うことができる分野というのは、私は十分にあるという意味では普遍性を持っている部分が見て取れるのではないかというふうに思います」と述べた。

 そして、記者にどこが今も十分に使えるのかと問われ、「やはり同胞を大切にするですとか、あるいは国際的な協調を重んじるですとか、そういった基本的な記載内容」と答えている。

 昨年(2017年)の国会でも、森友問題を契機に教育勅語を学校現場で教材として使ってもいいのかが問題になり、稲田朋美防衛大臣(当時)が、「教育勅語の中の例えば親孝行とか、そういうことは、私は非常にいい面だと思います」と述べている(2017年2月23日、衆議院予算委員会第1分科会)。

 前掲報告書の執筆者の一人である小野雅章日本大学教授は、このような教育勅語の部分をとらえて普遍性があるとかいい面だとか評価するのは「間違いです」と批判する。

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筆者

永尾俊彦

永尾俊彦(ながお・としひこ) ルポライター

1957年、東京都生まれ。毎日新聞記者を経てルポライター。1997年の諫早湾の閉め切りから諫早湾干拓事業を継続的に取材。主な著書に『ルポ 諫早の叫び――よみがえれ干潟ともやいの心』(岩波書店)、『ルポ どうなる? どうする? 築地市場――みんなの市場をつくる』(岩波ブックレット)、『国家と石綿――ルポ・アスベスト被害者「息ほしき人々」の闘い』(現代書館)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです