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自自連立「小渕さんのあいまいな態度に騙された」

(22)小沢一郎「自民党は約束を守るわけないのに信じてしまった。甘かった」

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

したたかだった小渕恵三

――小沢さんたちの自由党が合併する前の民主党でしたが、あの金融国会で民主党はなぜ自民党と妥協してしまったのでしょうか。

小沢 まだ考えが旧体制から抜け出していなかったのではないかと思う。古い官僚の考えに丸め込まれてしまっていたんでしょう。こういう状態が続いてしまうと、日本はいつまでたっても夜明け前の状態を脱し切れない。

 たしかに金融危機だった。しかし、そうは言っても旧来の官僚のやり方ではもう治まらない段階に来ていた。それを新しいやり方で治めようというのが民主党だったではないか。それが我々のやり方だったではないか。

 そこで、何で自民党と妥協しなければならないんだ、自民党を倒して、我々の考えで大胆な政策を展開して乗り切ればいいんだ、と私は思っていた。

――しかしまったく皮肉なことに、小渕政権の方から今度は小沢さんに「助けてくれ」と言ってくるわけですね。それが後の自自公の連立政権につながっていくわけですが。

小沢 そうです。自民党との間でこんな大きな誓約書を書いたんです。

拡大小渕恵三首相と小沢一郎自由党党首。閣僚18人での連立政権発足に合意した=1998年12月19日、首相官邸

――その誓約書につながる最初のエピソードが、当時自民党官房長官だった野中弘務さんの口で語られています。

(1998年)8月の下旬、たしか23日ころだったと思いますが、亀井静香君が「一度、小沢さんに会ったほうがいい」と誘ってくれた。東京品川の高輪プリンスホテルに亀井君が部屋をとってくれて、小沢さんと3人で会いました。/そこで私が「過去にいろいろありましたが、ここはひとつ大局的な立場に立って、ご協力をお願いしたい」と言ったら小沢さんは「まあ、個人的なことはもういいじゃないか。天下国家のことを考えよう」と言ってくれました。私は感動するとともに、胸をなでおろしたことを今でもおぼえております。そこからどういう形の連立政権をつくっていくかということになったわけです。ところが、小沢さんは原理原則の人ですから、特に外交や安全保障問題についていろいろ言ってきた。(五百旗頭真ら『野中弘務 権力の興亡』朝日新聞社)

――ここのところは覚えていますか。

小沢 よく覚えていないけれども、誰に対してもぼく自身始終言っていることですから。そういう主義で筋道を通してやってきています。

――その筋道を通して、1998年11月19日に小渕さんとの間で合意文書にサインされましたね。

小沢 大変な合意だった。国際安全保障のことも認めるし、こちらの主張を何もかも認めるという合意書だった。だから、これはいい、よかろう、ということになったんです。これで改革は出来上がったも同然だと、そう信じてしまったわけです。

 ぼくも、こういうところは本当に甘いと思う。自民党は約束を守るわけないのに、それを信じてしまった。

 自民党は最初からやる気なかった。だから、ぼくも連立して一月か二月でもう駄目だと思いました。小渕さんのあのあいまいな態度にだまされたと思いましたよ。

 それで、ぼくは小渕さんに迫ったんです。「どうしてくれるんだ、あの政策は。あなた、自民党総裁としてサインしたろう」と。「やれ、と指示しなさい」と言ったんです。そうしたら、「いっちゃん、申し訳ない。ぼくはそういうことはできないんだよ」と言うんです。

 そこで改めて思い出したんです。「ああ、そうだった。この人はこういうことができない人だった。この人を信用した自分が馬鹿だった」と思い直してあきらめてしまった。「申し訳ない。すまん」と小渕さんは言うわけです。

――そういう言い方をするんですね。

小沢 小渕さんは人の良さそうな感じがしますが、なかなかしたたかなんです。竹下(登)さんの子分でしたから。

――その合意文書は、小沢さんはいまだにお持ちですか。

小沢 持っています。

拡大「小渕恵三」「小沢一郎」の署名のある「合意書」は全部で5項目。第1項目には「自由党党首提案の政策については、両党党首間で基本的方向で一致した。これに基づき直ちに両党間で協議を開始する。」とある。しかし、自民党側に実行の意思が見えず2000年4月1日、小沢は小渕に連立解消を申し入れた。奇しくもその夜、小渕は帰らぬ人となった。

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筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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