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アフガンの現場から、医師中村哲さんの言葉

命、国、文化……世界と日本を考えた声を再び

「論座」編集部

「復興協力」はオリンピックとは違う

1993年3月9日
 文化面への寄稿 見捨てられるアフガンの民衆

 1979年12月の旧ソ連軍介入以後、実に14年にわたる内乱で国土が荒廃し、約200万人の死者と600万人の難民を出したことを記憶する人もあろう。88年、ソ連軍撤退でわいた世界は華々しい「難民帰還・復興援助」を知らされたが、それらのプロジェクトは巨額を浪費したあげく、“不発”のままに幕を閉じかけている。

 問題は、本当に復興支援の必要な今、援助プロジェクトが次々と閉鎖または縮小していることである。少なくとも保健医療分野では、東部アフガニスタンにおいて実質上JAMS(日本―アフガン医療サービス)のみが活動を続けている。あの華々しかった「アフガニスタン復興協力」を思うと、あまりにさみしい顛末(てんまつ)である。JAMSの診療数は昨年4月から12月まで8万人に迫り、「ペシャワール会」を通し、必死の補給でかろうじて回転しているのが実情である。

 「復興協力」はオリンピックとは違う。喝采(かっさい)を競う参加の実績が問題ではない。国連にこだわらず、工夫すれば可能なことも多い。「国際貢献」を錦の御旗にして「カンボジア」に人々の関心が集中している今こそ、巨費を投じたアフガニスタン復興援助の結末を謙虚に総括し、「人道的援助」の名に恥じぬ誠意を行為で示すべきではなかろうか。そうしてこそ、日本は真に国際的尊敬をかちうるはずである。

 おおかたの外国救援団体が「活動停止を余儀なくされる」なか、せめて我々だけでも日本の良心の証(あかし)となろう、と願っている。

中村哲拡大中村哲さん=ペシャワール会提供

1998年1月27日 
 福岡県久留米市での講演から

 15年を振り返ってみると、助けに行ったつもりが、実際はペシャワルの人たちの笑顔に助けられて、楽天的に生きてこられたと思う。

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