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コロナ感染拡大半年の日本の意外な実態と毀損された真の「平等」

人々を「生かす」ことのみを目的とした社会は持続可能性に乏しい。今後やるべきは?

三浦瑠麗 国際政治学者・山猫総合研究所代表

「生かす」を目的とした社会は持続可能性が乏しい

 ところが、コロナ対策の政策目標が「民を生かすこと」に向けられている現在の先進国では、コロナに感染しないよう家で閉じこもってさえいれば、自分の人間としての活動がまっとうされたかのような実感を持つことができる。換言すれば、家で自粛生活を送れるぐらいには社会的・経済的に恵まれた状況にある人たちは、そうしているだけで社会における自分の役割を相応に果たしているという感覚を抱けるのです。もちろん、そうではない人たちとの間には、後述するように大きな格差が存在するのですが……。

 メディアは日々、感染者数の増減や新型コロナウイルスの脅威を報じ、それが国民の一大関心事になってしまった。通常の社会では人々の欲望や関心は多様に分散しています。しかし、コロナ禍のもと、人々の関心は感染拡大を食い止めることや、感染症の性質や見通しについて、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り広げることにのみに向かっています。そのような状況においては、コロナ以外のモノや情報に欲望は向かいにくい。

 米国では4~6月期のGDPが大きくマイナスになったと報道されています。日本でも年率換算でマイナス20%台と予測されています。さすがに7割に縮小した経済で、今いる人数の国民に、これまでと同じような豊かさと安全を届けることはできません。

 結局のところ、人々を「生かす」ことのみを目的とした社会は持続可能性が乏しいのですが、それが統治の観点からはうまくいってしまったことに、政治学者はもっと目を向けるべきではないでしょうか。それはどういうことか。

拡大コロナ禍のもと、全社員が原則テレワークとなり人影のないフェンリルのオフィス=6月中旬、大阪市北区、同社提供

“戦時体制”をすんなりと受け入れた人々

 ここで注目したいのは、豊かさを求めて生産性向上を働きかけてきた政府のメッセージよりも、コロナから命を守るため事実上“戦時体制”に入ると告げた政府のメッセージの方が、人々にウケが良かったという点です。

 生産性は人を管理するひとつのやり方ではありますが、経済活動の多様性や職業選択の自由がある限り、人事評価システムと同様、個々の職場でしか強制されません。また、人々の生産性があがれば、定義上は労働時間が減って余暇が増え、収入も増えるわけですから、集団全体だけでなくてその人にとっての利点も大きい。

 安倍晋三政権が掲げた「女性活躍」や「女性の活用」というスローガンに対して、生き方への介入であるとか、女性を経済成長のための労働力としてのみ見ているとかいう批判が上がったことがありますが、実際には政府は誘導を行っただけで、具体的に人びとの行動を縛ったわけではありませんでした。

 それに対し、コロナ禍における行動制限は、もっと直接的に人びとの行動を縛るものです。例えば、夜19時以降はお酒を出してはならない、20時以降までご飯を食べていたりしてはいけない、海にサーフィンに行ってはいけない、公園を散歩して桜を見にいってはいけない、などなど。

 生産性向上は人々の自由意志を前提にしつつ効率的に管理し、その群れ全体を持続可能に繁栄させるためのものですが、“戦時体制”はもっと極端で、人々の自由を制限し、ひとつの目的に向かって邁進させるものです(今はコロナ感染の抑え込み)。

 にもかかわらず、人々は今回、生産性向上では見られなかった従順さで“戦時体制”をすんなりと受け入れました。

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筆者

三浦瑠麗

三浦瑠麗(みうら・るり) 国際政治学者・山猫総合研究所代表

1980年神奈川県茅ケ崎市生まれ。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。専門は国際政治、比較政治。東京大学政策ビジョン研究センター講師などを経て現職。著書に『シビリアンの戦争―デモクラシーが攻撃的になるとき』(岩波書店)、『「トランプ時代」の新世界秩序』(潮新書)、『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『21世紀の戦争と平和 徴兵制はなぜ再び必要とされているのか』(新潮社)など。政治外交評論のブログ「山猫日記」を主宰。公式メールマガジン、三浦瑠麗の「自分で考えるための政治の話」をプレジデント社から発行中。共同通信「報道と読者」委員会第8期、9期委員、読売新聞読書委員。近著に『日本の分断―私たちの民主主義の未来について』(文春新書)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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