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新型コロナ対策の初期対応を誤らせた日本独特の感染症法~上昌広氏に聞く

コロナ対策徹底批判【第二部】~上昌広・医療ガバナンス研究所理事長インタビュー⑤

佐藤章 ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

無症状感染者の存在を伝えた『ランセット』の緊急論文

――ところが、前回も触れたように1月24日、『ランセット』が「コロナに無症状感染者が存在する」という香港大学の研究チームによる緊急論文を掲載しました。

 『ランセット』にこの記事が出た瞬間、すぐに「危ない」と思わなきゃいけないんです。たぶん、読んでなかったんだと思いますよ。もしくは、読んだとしても、重要なポイントが何かわからなかったんじゃないかな。そう私は思いますが……。

――なるほど。

 でも、この問題は、新聞社の科学部記者にも責任があると思いますよ。日本の科学記者は厚労省の研究班が発表したものばかり書いていて、自分で『ランセット』なんかを読んで取材しないんです。だから、厚労省の担当課長やその周囲の人間がわからなければ、記者もスルーしちゃうんです。それが日本の科学界の弱点なんです。

 別に読者がほとんどいない業界紙まで読めと言っているわけではなくて、世界の医学界を代表する『ランセット』ぐらいは、すぐに読みなさいと言っているわけです。

――ちなみに上さんご自身は、昨年1月24日に掲載された『ランセット』の香港大学レポートにいつ気づかれましたか。

 その日に読みましたよ。

――1月24日に?

 はい。だって、『ランセット』編集部はきちんと定期的に送ってきますから、その日に読んで「ああ、そうなんだな」と思いました。

――ということは、厚労省の医系技官は、『ランセット』からメール・アラートとして厚労省の結核感染症課に送られてきた論文を、その日のうちにすぐに読んで、上さんのように「ああ、そういうことなんだな」とならなければおかしいわけですね。

 そうです。しかも、その時は、まさにそのこと、コロナウイルスの感染症が起こった場合に無症状感染者がいるのかどうかが、世界中の関心事だったんです。

 無症状感染者がさらに他に感染させるのかどうかは、もっと後にならなければわからなかったのですが、最初の段階では、無症状感染者が存在するのかどうかが関心事でした。それは、感染症に関するトレーニングをある程度積めば、誰にでもわかることだと思います。

拡大上昌広・医療ガバナンス研究所理事長

2020年秋に無症状感染者からの感染を確認

――無症状感染者が他の人に感染させるかどうかは、その時はわからなかったんですね。

 それがわかったのはもっと後です。無症状感染者でもPCR検査では陽性となり、CTを撮れば肺炎像があること、ウイルスを大量に吐き出すということは、すぐにわかったんです。しかし、彼らが生きたウイルスを吐き出して、そのウイルスが他人に感染するかどうかはわからなかった。

 PCR(Polymerase Chain Reaction)検査は鼻腔や口腔内、唾液内に存在するウイルス遺伝子を取り出して増幅し、その増幅のサイクル数(Ct値)に応じてウイルス量を推定する検査。Ct値を高く設定すれば微量のウイルス量でも陽性と判定されるが、実際に感染させるCt値はよくわかっていない。無症状感染者のウイルスが実際に感染性を持っているのかどうかは、当初はわからなかった。

――わかったのはいつごろですか。

 半年ほど後のことです。アメリカ海軍の新兵たちをある施設に隔離して、2週間継続して全員を検査で追いかけたんです。そうすると、無症状感染者が広がっていったんですね。

 全員ほぼ無症状感染者で、これだけ広がっていったということは無症状感染者もやはり感染させるんだ、ということが科学的に初めて証明されたわけです。

 2020年5月から7月にかけて、米国の海軍医学研究センターとマウントサイナイ医科大学の研究チームは、海軍の新兵を対象とした大規模実験を行った。1848人の新兵が被験者となり、2週間の自宅隔離の後、研究チームの監視を受けながら2週間の訓練を受けた。
 被験調査期間中、マスクの着用や6フィート(約1.8メートル)の社会的距離の維持、定期的な手洗いなどの規則に従って共同生活。2日目、7日目、14日目にPCR検査を実施したが、2日目に1848人中16人(約0.9%)が感染、7日目と14日目の検査では合計35人(約1.9%)の陽性者が出た。無症状がほとんどだった。

――米海軍の実験によって無症状感染者からも感染することが証明されたわけですね。

 はい。海軍の新兵を対象に大規模な実験をやり、その結果を2020年の秋に『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』に発表したんです。これは重要なことです。たぶんそうだろうということと、実際の調査結果を発表するということは全然レベルが違う話です。無症状感染者が実際に感染させるのかどうかは、これぐらい大規模な実験をしなければわからなかったわけです。

 エボラ出血熱やコレラなどは、無症状感染者があまりいないんです。無症状感染者がいなければ、症状のある人だけを隔離すれば済むわけです。ところが、無症状の人がいればそうはいかない。ここが一番大きいんですよ。

 そういう重要なファクターは、『ランセット』みたいな世界的な医学誌が真っ先に報じるはずなので、注目していなければいけません。ところが、世界的な感染症対策をめぐるそういう基本的なマナーを知らない人が、国の対策を決めるところにいたわけです。国民にとって大変な不幸であり、損失です。

拡大厚生労働省


筆者

佐藤章

佐藤章(さとう・あきら) ジャーナリスト 元朝日新聞記者 五月書房新社編集委員会委員長

ジャーナリスト学校主任研究員を最後に朝日新聞社を退職。朝日新聞社では、東京・大阪経済部、AERA編集部、週刊朝日編集部など。退職後、慶應義塾大学非常勤講師(ジャーナリズム専攻)、五月書房新社取締役・編集委員会委員長。最近著に『職業政治家 小沢一郎』(朝日新聞出版)。その他の著書に『ドキュメント金融破綻』(岩波書店)、『関西国際空港』(中公新書)、『ドストエフスキーの黙示録』(朝日新聞社)など多数。共著に『新聞と戦争』(朝日新聞社)、『圧倒的! リベラリズム宣言』(五月書房新社)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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