天皇の入会工作には失敗。周囲の旧皇族や旧王族への働きかけに転換
2021年12月12日
先頃、『昭和天皇拝謁記 第1巻』(岩波書店、2021年)が刊行された。初代宮内庁長官を務めた田島道治(たじま・みちじ)が昭和天皇の言動を記録したものである。
ページをめくっていると、ある衝撃的な記述が目に飛び込んできた。
1950年7月24日、昭和天皇が田島宮内庁長官に向かって、次のように質問していたのだ。
「Masonとは何だ」
Mason。フリーメイソンのことである。
筆者はこれまで「論座」で折に触れて日本のフリーメイソンの歴史を紹介してきた。本稿は、「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(上))」「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(下)」、「坂本龍馬はフリーメイソンだったのか?」 に続く論考である。テーマは昭和天皇とフリーメイソンについて。
フリーメイソンに興味のある方には、天皇や皇室とフリーメイソンという話題はお馴染みかもしれない。本稿では新たな資料である『昭和天皇拝謁記 第1巻』のこの衝撃的な発言を軸に、昭和天皇とフリーメイソンをめぐる言説の真偽を確認してみたい。
戦後、日本で占領政策を実施したGHQ(連合国最高司令官総司令部)の最高司令官マッカーサーが、昭和天皇をフリーメイソンに勧誘したという話がある。例えば、フリーメイソンに入会していた笠井重治(元衆議院議員)は、マッカーサーから「メーソンのアジアというものを作りたい」という手紙が来て「重要な会合なので天皇を加えたい」と要請されたとする(赤間剛『フリーメイソンの秘密』三一書房、1983年、96頁)。
この笠井証言は事実関係が怪しい。だが、フリーメイソンであるマッカーサーが昭和天皇を誘った、あるいは昭和天皇がフリーメイソンに関心を示したという話を、よく耳にする。
とりわけフリーメイソン関係者の間では、昭和天皇が興味を示したことは、“事実”として受け止められてきた。フリーメイソンの公式記録に、次のように記されているからである。
――昭和天皇が興味を持ったため、マイケル・リヴィストに皇居に来てフリーメイソンについて説明するように求めた。(Nohea O.A. Peck, Masonry in Japan: The First One Hundred Years, 1866-1966. Privately printed for the Grand Lodge of Free and Accepted Masons of Japan 1966, p.344.)
この公式記録があるために、「昭和天皇・フリーメイソン化計画」、あるいは「天皇メイソン化計画」は、占領期の秘話として、あるいは都市伝説として、人口に膾炙(かいしゃ)している。
昭和天皇が宮中に呼ぼうとしたとされるマイケル・リヴィストとは、占領期にフリーメイソンとして活躍した人物である。略歴を記す。
リヴィストの妻と息子にインタビューした徳本栄一郎によれば、リヴィストは1909年にニューヨークで生まれた。ニューヨーク大学で学び、陸軍に入隊、第二次世界大戦中は戦死者の遺体送還を行った。戦後にGHQの一員として来日した。そして1997年に87歳で亡くなった(徳本栄一郎『1945日本占領』新潮社、2011年、162~163頁)。
リヴィストは、日本人をフリーメイソンに勧誘する際に大活躍した。たとえば、1949年10月には日本工業倶楽部で各界の指導者に対し、フリーメイソンに関する講演を行ったとされる。
また、この連載の第1回「日本のフリーメイソンのこと知ってますか?(上))」で紹介した河井弥八元参議院議長の日記にも、リヴィストが何度も登場する。1949年末の「河井日記」には「Free Mason係(日本及朝鮮担当)少佐Michael Arthur Rivisto氏と会見」と書かれており、河井をフリーメイソンに誘う様子が描かれている。
このように、リヴィストは戦後日本のフリーメイソン史におけるキーパーソンだった。
このリヴィストが、昭和天皇のフリーメイソンへの入会工作をかなり強引に行っていた。
その裏面を語ったのが、当時、『ニューズウィーク』東京支局長であり、宮内庁関係者とも接点を持っていた、コンプトン・パケナムである。
パケナムの「日記」によれば、松平康昌式部官長と夕食した際に、助言を求められている。リヴィストが「天皇をフリーメイソンにするようにといって、松平を追いかけている」という。さらにリヴィストはマッカーサーの副官に依頼して、天皇と面会させるよう宮内庁へ圧力をかけたりもした。
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