「安定的な皇位継承」問題の核心を先送り。これでは国民の理解と支持は得られない
2022年02月18日
岸田文雄首相は1月12日に、安定的な皇位継承のあり方を議論する有識者会議の最終報告書を衆参両院議長に手交した。国会は2017年6月に天皇退位の特例法を制定した際、政府に対して、安定的な皇位継承を確保するための諸課題や女性宮家の創設などを検討、報告するよう付帯決議で求めたが、当時の安倍晋三政権はこの要請に対して何らの対応も行わず、菅義偉政権になった2021年3月にようやくこの問題を検討するための有識者会議が設置された。そして付帯決議の採択から実に4年半を経て報告書が提出されたのである。
今回の有識者会議は、6名の構成メンバー(委員)が3カ月をかけて21名の専門家からヒアリングを行い、それを踏まえて議論を行った上で報告書を取りまとめたとされている。まずは、この重要な課題に真摯に取り組んだ6名の委員の方々のご努力に敬意を表したい。
筆者は、21名の専門家の発言全文を含むすべての会議議事録を読んだ上で報告書の内容を精査したが、遺憾ながら、それは、国会の付帯決議において明確に要請されている「安定的な皇位継承の在り方」に正面から取り組んでいないと判断された。
それに代わって、報告書の中心となったことは、「皇族数の確保」であるが、これは「安定的皇位継承」という最重要課題に対して直接の回答となっていないので、多くの国民の理解と支持を得られる内容ではないと言わざるを得ない。以下にその理由を説明する。
報告書は皇位継承に関する基本的な考え方の冒頭において、今上天皇、秋篠宮皇嗣、悠仁さまという現時点におけるお三方の皇位継承の流れをゆるがせにしてはならない、と断定している。これは現行の皇室典範の規定を前提とした皇位継承の流れであるが、この皇室典範のいくつかの条項が、安定的な皇位継承の実現にとって障害となっていると解釈されることに鑑みると、安定的な皇位継承のための方策を検討する前提として、現行の皇位継承順位の維持を掲げることは、論理矛盾ではなかろうか。
より具体的に述べると、報告書は、この問題の検討の初めから、今上天皇の唯一の子孫である愛子さまが、将来皇位継承者になる可能性を事実上否定しているのである。これは、安定的な皇位継承のための方策を網羅的に検討していないことになるのみならず、後述するように、国民世論にも全く配慮していないものと言わざるを得ない。
有識者会議の報告書は、我が国の歴史の中で、如何にして皇位が男系男子によって継承されてきたかの背景について全く言及せずに、唐突に「悠仁親王殿下が皇位を継承されたときには、現行制度の下では、同殿下以外には皇族がおられなくなる」ので、その事態を避けるためには、「皇族数の確保を図ることが、喫緊の課題」と決めつけている。そしてまず皇族の役割の観点から皇族数の確保が必要であり、皇室典範の規定により、皇室会議の議員として2名の皇族が、また予備議員として2名の皇族が必要と説明している。
以上から明らかなとおり、皇族数確保の真の必要性は、皇室の役割を果たすためではなく、皇位の安定的継承の確立のためでなければならない。
現在10方おられる女性皇族のうち未婚の女性は5方である。これらの方々は、既に多くの社会活動を行われており、ご結婚後もそれを継続されることは日本社会のためにも極めて有意義であると確信する。
現代の社会においては、皇族といえども、将来の自分の身分についてある程度の選択の自由があってしかるべしと思うので、皇室典範12条の改廃の検討に当たっては、この点を考慮に入れる必要がある。
報告書は、皇族数確保のための第二の方策として、「養子縁組により、皇統に属する男系男子を皇族とする」との案を示している。これに対してはヒアリングをした約半数の専門家が反対乃至は問題が多いとの見解を示している。
第一の問題点は、養子縁組の対象を皇統の男系男子に限定することが、性別や門地による差別を禁止する憲法14条に反する疑いがあることである。また養子縁組の目的が、報告書の示すとおり皇族数の確保のためであるとすれば、なぜ、それを男系男子に限る必要があるのか。この案は、有識者会議が議論を避けたはずの皇位継承の問題について、「皇位継承者は男系男子に限る」という現行の法制を前提にしているのである。
養子縁組についての第二の問題点は、70年も前の1952年に皇籍を離脱した11宮家の子孫が突然に養子縁組により皇族になることに対して国民は近親感をもって迎えられないのではないかという懸念である。皇室は国民から温かく迎えられて初めて存在意義があるのであり、このような問題の多い方策は、本来の目的とは逆に、安定的な皇位継承に支障をもたらすことにもなりかねない。
なお、報告書が第三の方策として記載している「皇統に属する男系男子を直接に皇族とする」案は、報告書自体が記載している通り、「国民の理解と支持の観点から、養子縁組の案より困難」であり、これを選択肢の一つとして掲げることの妥当性を疑う。
以上により明らかに言えることは、皇族数確保のために報告書が提案する3つの方策のうち、同意できるのは、いわゆる「女性宮家の設立」のみである。しかし、これにより皇族数を確保することが、安定的な皇位継承のために必要十分な条件であろうか。
この設問に答えるためには、まず、歴史的事実を再確認しておく必要がある。
その第一は、歴代の天皇の中には、10代8方の女性天皇が存在したことであり、これは有識者会議の中でもしばしば言及されている。またこれは奈良時代や平安時代にのみ生じた現象ではなく、最新の女性天皇は、明治天皇の5代前(江戸時代後期)の後桜町天皇である。
過去において10代8方の女性天皇が生じたのは、直系男子が幼少であったこと或いは皇室内の勢力争いの都合など様々な理由により、皇族女性が後継天皇に指名されたことによるのであり、男性皇族数が不足していた訳ではないと考えられる。
第二は、過去126代にわたる天皇の半数近くは嫡出ではないこと、即ち側室からご誕生された方である。特に江戸時代初期以降の19代の天皇については、嫡出の天皇は今上天皇、上皇、昭和天皇及び明正天皇のわずか4方に過ぎない。
これから導き出されることは、側室制度の再現は全くあり得ない今日の日本においては、もし女性天皇を認めないのであれば、皇位の安定的な継承が危機に瀕するおそれがあることである。
それにもかかわらず報告書は、皇位継承の問題と切り離して、皇族数の確保を図ることが喫緊の課題と断定して、皇位継承の問題自体を検討しなかった。皇位継承の問題を検討することは、必然的に女性天皇を容認するか否かを検討しなければならないが、なぜその検討を避けたのかについて、報告書には一切説明がなされていない。
報告書がこの事実に全く言及しなかった理由としては、有識者会議を主導した政府が、現状においてこの議論を国会において行うことは、女性天皇、女系天皇を認める方向性を強めることを懸念したからではないかと憶測したくなる。
また女性天皇に反対する人の中には、女性天皇は1代限りで終わるので、いずれ女系天皇の議論になるから、その入り口である女性天皇を否定する必要があるとの指摘も聞かれる。しかし、もし女性天皇が即位した場合も、その次の代までは相当な年数があると考えられるので、女系天皇の是非について早急な意見の一致が困難な場合には、その後の状況を見てから検討することも十分可能である。
この報告書は本文中においても、また豊富な参考資料の中にも安定的皇位継承についての世論調査に全く言及していないが、ここ2~3年の間に行われたほとんどの世論調査においては、女性天皇に賛成する人は8割近くに及んでいる。また女系天皇についても約7割の人が容認するとしている。
安定的な皇位継承の問題は、国家の象徴である天皇にかかわるものであり、政府も常々、国民感情に沿った対応が必要としているので、今後の国会における議論においては、世論調査の動向にも十分耳を傾けてほしい。なお、保守の女性論客として鳴らしている自由民主党のある役員は、雑誌のインタビューにおいて、自分は「女性天皇に反対しているわけではない、女系天皇には反対する」旨を述べている。
他の女性皇族についてみると、佳子さまは27歳、それ以外の方は30代後半以上である。このことからも、いわゆる「女性宮家の設立」は、早急な結論が必要である。
本件有識者会議は、昨年10月に成立した岸田文雄内閣に引き継がれ、その報告書は本年1月に衆参両院議長に提出された。それから一ヶ月以上が経過するが、現在は各政党ごとにこの報告書を検討している段階とされ、全体の動きは伝わってこない。報道によると、各党とも、7月の参議院選挙を控えて皇位継承問題を選挙の争点とはしたくないとの思惑によるという。
この問題は、皇室の在り方に直結する問題であり、これが政争の具とされることは断じて避けるべきであろう。そのことは、選挙についてのみ言えることではなく、国会の審議においても同様である。
即ち、この問題は党利党略とは完全に切り離して、個々の議員が自らの信念と良心に従って個人の責任の下に議論し、議決の際には、各党とも党議拘束を外すべきものと考える。
国会における審議の進め方は、国会の慣習に従うべきことは当然であるが、問題の重要性に鑑みると、他の法案の審議日程などに影響されずに、落ち着いた環境で十分な時間をかけて審議ができるよう、衆参ともに特別委員会を設置することが望ましいと考える。
因みに、現在の皇室典範の制定が審議された際(1946年)には、帝国議会に「皇室典範案委員会」が設立され、憲法問題担当の金森徳次郎国務大臣の出席を得て精力的な議論が行われた。
上記の特別委員会において議論を行う際の参考資料としては、今回の有識者会議の報告書の提出は当然であるとして、それ以外に、小泉純一郎内閣の下で検討された「皇室典範に関する有識者会議報告書」(2005年)、及び野田佳彦内閣の下で検討された「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」(2012年)も、参考資料として是非提出していただきたい。
前者は、「(安定的な皇位継承の)検討に際しては、今後、皇室に男子がご誕生になることも含め、様々な状況を考慮した」と報告書の末尾に明記されている通り、悠仁さま誕生後の今日においても有効な内容の報告書である。
また後者は、本件に関する上記三つの有識者会議による提言に共通する「内親王・女王が婚姻後も皇族の身分を保持すること」に関して、その配偶者や子供の皇族としての地位などについて掘り下げた分析を行っている有益な文献である。
今回の有識者会議が3回目のヒアリングを終えた昨年5月の時点で、筆者は、この会議が検討を促進して「女性天皇、女系天皇を原則的に容認し、具体的には、まず女性宮家の設立を明記する報告書を年内に提出する」ことを促す論考を論座に掲載した(2021年5月17日付「女性天皇・女系天皇を容認し、まずは女性宮家創設を」)。
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください