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日本のウクライナ支援に妙案あり~領土問題で中国・ロシアにくさびを

ロシアを東部から脅かし得る唯一の存在である中国をどう動かすか……

柴田哲雄 中国現代史研究者

中国とロシアの領土問題

 ところで、中ロ間で長年懸案となってきた領土問題の概要について、ここで確認しておこう。

 問題の起源は19世紀後半にまでさかのぼる。中国では列強から侵略された歴史はしばしば象徴的な数字によって強調されてきた。例えば、南京大虐殺の死者数は「30万人」、日中戦争の死者数は「3000万人」といった具合である。一方、清朝がロシア帝国によって奪われた領土の総面積は、日本の総面積の約4倍に相当する「150万平方キロメートル強」に達するとしばしば強調されている。

 「150万平方キロメートル強」に及ぶ失われた領土のなかで、最も重要なのは黒龍江左岸と沿海州だ。清朝は1858年に愛琿(あいぐん)条約を締結して、ロシアに黒龍江左岸を割譲し、沿海州を両国の共同管理下に置くことを受諾したが、1860年に北京条約を締結して、沿海州をロシア領に編入することを承認した。

 客観的に見て、両条約はまさに「不公正」そのものだと言える。愛琿条約は、英仏両国が仕掛けたアロー戦争の苦戦に乗じる形で、ロシアのムラヴィヨフ提督が清朝の皇族にして黒龍江将軍であった奕山(えきさん)に迫って締結させたものである。後に清朝はロシアに対して、愛琿条約の締結は奕山の独断によるものであると抗議したが、かえって北京条約によって沿海州を奪われてしまう有様だった。

 ソ連政府も両条約を継承している。ソ連政府は1919年から翌年にかけて、帝政時代に結んだ中国との「不平等条約」を破棄するというカラハン宣言を発表したが、両条約は「不平等条約」、すなわち「不公正」な条約にはあらずという立場を取っていたのである。

 このように見れば、日本と中国の間には共通点があることが明らかだろう。戦争の当事者とは言えなかったソ連・ロシアが、「不公正」にも太平洋戦争の敗戦に乗じて日本から千島列島を奪い、アロー戦争の苦戦に乗じて中国から黒龍江左岸と沿海州を奪ったのである。

拡大中ロ国境の黒竜江。中国側の川辺から対岸のロシアの街並みがよく見える=2019年7月、黒竜江省黒河市

国境線に納得していない中国人

 では、「不公正」に千島列島を領有したという承認をロシア政府に求めることが、なぜ中ロ間に多少なりとも楔を打ち込むことにつながるのか。

 実は、かつて毛沢東もソ連との国境画定交渉に際して、それに類似した要求を提起していたのである。

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筆者

柴田哲雄

柴田哲雄(しばた・てつお) 中国現代史研究者

1969年、名古屋市生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程単位取得退学。2003年、博士号(人間・環境学)を取得。主著に、汪兆銘政権とヴィシー政府を比較研究した『協力・抵抗・沈黙』(成文堂)。中国の亡命団体に関して初めて本格的に論じた『中国民主化・民族運動の現在』(集広舎)。習仲勲・習近平父子の生い立ちから現在に至るまでの思想形成を追究した『習近平の政治思想形成』(彩流社)。原発事故の被災地にゆかりのある「抵抗者」を発掘した『フクシマ・抵抗者たちの近現代史』(彩流社)。汪兆銘と胡耀邦の伝記を通して、中国の上からの民主化の試みと挫折について論じた『汪兆銘と胡耀邦』(彩流社)。中国共産党の諜報機関の歴代の指導者について論じた『諜報・謀略の中国現代史』(朝日選書)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです