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劣化が進む首相官邸!?~「政治主導」は後退していないか

論座終了にあたり日本政治の望ましき展開を妨げている事由を論ず【3】

田中秀征 元経企庁長官 福山大学客員教授

まな板の上のコイが包丁を握っている

 最も驚いたのは、行政の改革には徹底して官僚の介入を拒否するということだった。

 私が会った人たちは、日本の事情をよく知っていた。そして、行政改革や官僚改革まで官僚に任せている点を痛烈に皮肉られた。彼らは、改革に関する件では官僚に会わないし、電話にも出ないということを強調した。私は、「我が意を得たり」という心境だった。

 その頃、日本では大蔵省の不祥事が続き、官僚腐敗が問題視されていた。大蔵省は省内に改革のプロジェクトチームをつくると言う。おかしいと思った私は国会の委員会で「まな板の上のコイが包丁を握っている」と発言した。

 もうひとつの驚きは、オーストラリアでは総選挙に勝って新しい首相が官邸に乗り込むとき、相当数の民間人を連れて行くということだった。学者、弁護士、企業人、各分野の専門家、総選挙でマニフェストづくりにかかわった人たち……。いわば、首相にとって民間の同志たちが特別公務員として首相周辺を支える。

 とにかく数を増やせばいいとばかりに、無原則に官邸に入る政治家や官僚を増やす日本とは、そこが大きく違っていた。

首相秘書官が抱える問題

 日本の首相官邸では、首相秘書官の実質的な権限が極めて強い。特に首相との面会の許諾を担当する筆頭秘書官は、首相と一体の関係にある。その秘書官が、出身官庁の省益を体現するような人であれば、特定の官庁に有利な方向に官邸の決定を誘導することができる。首相経験者の中に「彼らはスパイだ」という人がいるのはそのためだ。

 1993年に非自民連立の細川護熙内閣が発足したとき、首相と各省(大蔵、外務、通産、警察)が推薦した秘書官が初めて対面することになった。いずれも、省内で出世コースを歩くエリートだ。それまでの自民党政権ではそのまま首相と会ったのだが、細川首相の指示を受けた私は、まず4人の秘書官にホテルのカフェに集まってもらい、私から彼らを首相に紹介するかたちにした。そうすれば、首相と秘書官の間に私が入り、秘書官が首相を取り込む事態も少なくなると考えたからだ。

 ちなみに、政務秘書官は他の秘書官と違い、首相自身が信頼できる人を選ぶのが通例だ。岸田文雄首相は今、子息を任命しているが、これは弊害が大きい。官邸官僚は首相の身内である政務秘書官を前にしてどうしても萎縮するし、官房長官などの政治家も遠慮がちになることは避けられない。いかなる理由があろうとも、見識のある人事とは言えない。

官僚主導を招いた内閣人事局

拡大内閣人事局発足式が行われ看板かけをする、(左から)加藤勝信内閣人事局長、稲田朋美内閣人事局担当大臣、安倍晋三首相、菅義偉官房長官=2014年5月30日、東京・永田町

 もう一つ、現在の内閣の人事制度が抱える最も重大な問題は「内閣人事局」である。

 内閣人事局は「政治主導の行政運営」を目指し、各省の幹部人事を首相官邸が一元的に掌握する狙いで2014年に設置された。各省の幹部人事を事務次官に任せると、行政のすべてが官僚主導になりかねないからだ。内閣人事局長は、内閣官房副長官が務めることになっている。

 この人事制度は、各省の事務次官が実質的に人事権を行使する旧来の制度と異なり、一見すると、内閣主導、政治主導の制度であると受け止められるかもしれないが、実はそうではない。端的に言って、従来の官僚主導よりも公正さを欠いた独善的な官僚主導に陥っているように見える。

 実際、ほとんどの政治家は約600人にのぼる幹部官僚のほんのわずかしか知らない。首相や官房長官でも、かつて自分につかえた秘書官や、一緒に仕事をした局長や課長などしか記憶にないのではないか。だから、官僚人事の大半は、首相や官房長官に近いごく少数の官僚によって行われることになる。

 とすればどうなるか。内閣人事局長である内閣官房副長官、あるいは首相に近い官僚に、官僚たちが列をなしておもねることになる。安倍晋三政権のもと、内閣で人事局が設置されて以来の官邸の動きを見ていると、残念ながらそう感じざるを得ない。


筆者

田中秀征

田中秀征(たなか・しゅうせい) 元経企庁長官 福山大学客員教授

1940年生まれ。東京大学文学部、北海道大学法学部卒。83年衆院選で自民党から当選。93年6月、自民党を離党し新党さきがけを結成、代表代行に。細川護熙政権で首相特別補佐、橋本龍太郎内閣で経企庁長官などを歴任。著書に『平成史への証言 政治はなぜ劣化したのか』(朝日選書)https://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=20286、『自民党本流と保守本流――保守二党ふたたび』(講談社)、『保守再生の好機』(ロッキング・オン)ほか多数。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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