米本昌平(よねもと・しょうへい) 東京大学教養学部客員教授(科学史・科学論)
東京大学教養学部客員教授。1946年、愛知県生まれ。京都大学理学部卒業後、三菱化成生命科学研究所室長、科学技術文明研究所長などを経て現職。専門は科学史・科学論。臓器移植からDNA技術、気候変動まで幅広く発言。著書に『地球環境問題とは何か』(岩波新書)、『バイオポリテイクス』(中公新書)など。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
ガードンによって初めて、脊椎動物における細胞の核の全能性が実証され、山中博士は哺乳類における体細胞の初期化(リプログラミング)の手法を発見し、確立したからである。この論法からすると結果的に、1996年に哺乳類で核の全能性を初めて実証したウィルムット博士、言い換えれば、史上初めて哺乳類でクローン個体(クローン羊ドリー)を誕生させたウィルムット博士が受賞する機会は、かぎりなく小さくなった。
日本ではほとんど問題にされないが、ノーベル賞委員会はようやく2年前に医学生理学賞を、体外受精技術を確立させたR・エドワーズ博士に授与したことを併せて考えてみると、やはり、カトリック教会の影響力は無視できないと言わざるをえない。受賞時のエドワーズ博士はインタビューに応じられないほどの高齢で、共同研究者のステプトウ医師はすでに死去していた。生者に与えるという規準ぎりぎりの受賞であり、これに対してすら、バチカンの責任者は、意味のない受賞だ、と非難したのである。
その根源は、キリスト教が、人間の誕生の過程を教義の正しさの中心に置いているからである。神の恩寵によって、男女の間に愛が生まれ、祝福を受けて結婚し、セックスをして子が生まれてくる。この一連の過程に人為的に介入することは教義に反し、たとえば避妊具の使用も禁止される。だから男女の間のセックスを介さない子づくりにつながる、体外受精のノーベル賞授与は、試験管内での受精成功から40年以上棚上げにされたし、クローン羊ドリーの成功の報は、欧米社会においては涜神的な意味を帯びた技術の開発だとして大論争が巻き起こった。
このことは、いま研究に拍車がかかっている再生医療の倫理問題にも直結してくる。