北原秀治(きたはら・しゅうじ) 東京女子医科大学特任准教授(先端工学外科学)
東京女子医科大学大学院医学研究科修了。博士(医学)。ハーバード大学博士研究員を経て現職。専門は基礎医学(人体解剖学、腫瘍病理学)、医療経済学、医療・介護のデジタル化。日本政策学校、ハーバード松下村塾で政治を学び、「政治と科学こそ融合すべき」を信念に活動中。早稲田大学大学院経済学研究科在学中。日本科学振興協会(JAAS)代表理事。
※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです
日本の社会はがん治療の進化へ付いていかれるか
抗悪性腫瘍薬(抗がん剤、分子標的治療薬等)は、がん細胞の耐性に対応するため次から次に新しい薬を開発していかなければならない。この現象を見るだけでも、開発費がかさみ、薬価が高騰することが予想されるのだが、アメリカなどとは違い国民皆保険制度のある日本では、がん細胞の毒性を阻害する薬で、社会保障制度に「毒」を生じてしまい、日本経済、社会保障制度に大変なダメージを与えてしまう。さらにこの免疫チェックポイント阻害剤が加わることで、年間20%以上の社会保障費の増大が予想されており、社会保障制度破綻はいよいよカウントダウンといったところだろう。
適応を満たせば効果に関係なくどの患者にも使用される可能性がある現医療制度や、抗悪性治療薬ががんを完治させるという間違った考え方の定着もこの問題を加速させている。この新たな副作用を防ぎ、夢の薬を適応ある患者に届けるためにも、改善策の議論が急がれる。
人々が健康になる、長生きするための医療にかかる費用が増大して、社会保障制度が破綻してしまい、その治療に最も適した患者が結局治療をうけられないというのでは本末転倒である。ただ、社会保障費を押さえることが目的で診療報酬を引き下げ、その結果患者数をこなさなければ病院経営が成り立たないようにし、流れ作業のように新しい薬が使われるようになるものも、これまた結果的に社会保障費を増大させてしまう悪策である。まず、新薬の良さと限界を患者を含めた社会全体が理解する必要がある。そのうえで患者、研究者、医師、企業、政府が垣根を取り払って一丸となり、根本である皆保険制度、社会保障制度、そしてがん治療を見直す機会を作る。日本発の「夢の薬」はそのような機会を与えてくれると信じている。