E.ヘミングウェイ、W.S.モームほか 著 石塚久郎 監訳
2016年10月20日
どうもこの手のテーマの小説は苦手だった。
第一に、日本の私小説でずいぶん読まされて、当然ながら心がふさぐばかりだったからである。別に表立って病をテーマにしたわけではなくても、私小説それ自体が、またそうした作品を書く作家が、明らかに自分に取りつかれていて、うっとうしいからである。
第二に、自身がだんだん老いてきて心身に不調が現れると、余計読みたくなくなる。近親者の病が日常的に目立ち始めると、ますます心はそういった作品から遠ざかっていく。
『病短編小説集』(E.ヘミングウェイ、W.S.モームほか 著 石塚久郎 監訳 平凡社ライブラリー)
「消耗病・結核」は無縁、「ハンセン病」はニュースで知る程度、「梅毒」にはもちろんかかったことなどない、と強調しておく。「不眠」は生まれてこの方ご縁なし。「心臓病」も今のところ遠い存在。「皮膚病」は少し経験はあるけれど、すぐに治ってすぐに忘れる。
あとは近頃はやりの「神経衰弱」と「鬱」。後者に分類されるドリス・レッシングの「十九号室へ」は妙に現代的で、なんだか映像が浮かび上がるような気がする。
モームの「サナトリウム」は昔読んだことがあり、変な感想だが、いささか懐かしい。
サミュエル・ウォレンというウェールズ生まれの19世紀の作家は初めて聞いた名前だが、「癌 ある内科医の日記から」は臨場感たっぷりで、こういう小説も成立するのかと感じ入った。
生まれたからには、多かれ少なかれ病とは縁が切れないのが人生だから、このような短編集を読んでおくのも心の準備にはいいかもしれないが、やっぱり苦しいのはご勘弁いただきたい。そんなわけで心ふさぎそうなテーマの短編集の書評として、いささか明るく気楽な筆致にしてみた。暗い話題にはこういった紹介がいいのではと思ったが、いかがだろうか。
最後に、邦訳タイトルだが、うっかり間違えて「とらたんぺん…….」などと読まないこと(カバーを見ると、一瞬、「寅」のように見える)。「びょうたんぺん…….」と読む人もいそうだが、「やまいたんぺん…….」です。どうもほかに名案はなさそうだが、訳者も困ったのでしょうね。
*ここで紹介した本は、三省堂書店神保町本店4階で展示・販売しています。
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