メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

中東ガザ地区へ進出するための法務と実務(?)

上林 英彦

中東ガザ地区へ進出するための法務と実務(?)

   

 アンダーソン・毛利・友常法律事務所
弁護士 上林 英彦

上林 英彦(かんばやし・ひでひこ)
 2001年慶應義塾大学法学部卒業、2004年10月弁護士登録(57期)、アンダーソン・毛利法律事務所(当時)に入所。2009年Eversheds法律事務所ロンドン・オフィスにて勤務、2010年Eversheds法律事務所中東グループ(UAEアブダビ・カタール国ドーハ)勤務、2011年アンダーソン・毛利・友常法律事務所に復帰。

 1 中東地域と弁護士業務

 本稿においては中東ガザ地区への進出をご検討中の日本企業のために、ガザ地区進出の法務について日本法弁護士の視点から執筆したいと思う。さてガザ地区における外資規制は………などと書き出せば、本稿は大多数の読者諸賢から「ああ関係ないな」と見放され、開始わずか数行にして読む人もなく果てる命、といったところかもしれない。

 しかし140万人近い人口を有するガザ地区には確かにビジネス法務の需要がある。すでに国際的な法律事務所はパレスチナ自治区であるガザ地区やヨルダン川西岸地区への外資進出への法務助言に実績を有している。それならば日本法弁護士が日系企業にそのようなアドバイスをすることがあっても何らおかしくはない。

 筆者は、2010年から2011年にかけての一時期、アラブ首長国連邦(UAE)首都アブダビに事務所を有する法律事務所に出向勤務してきた。意外なことに、日本法弁護士がアラビア半島において比較的まとまった期間、勤務するというのはこれまでほとんど例が無いことのようであった。勤務先は世界各地に事務所を展開している英国法律事務所で、現地法律事務所との合併により、ドーハ、アブダビ、ドバイ、アンマン、リヤドといった中東主要都市はもちろん、イラクの首都バグダッドにまで事務所を有し、中東全域の法務をカバーしていた。

 中東に出向したといっても、もともと筆者は日本においては金融関連の法務を担当することが多かった。そうすると「なぜ金融ロイヤーが中東へ?」と思われるかもしれない。しかし筆者の身近にはこんな話もある。とある有名な米系ローファームで金融取引法務に従事していた二十代の女性米国法弁護士がいた。彼女は、失恋だったか仕事がつまらなくなったかにより、一念発起、転職した。が、一念発起が過ぎたのか、転職先はなんとアフガン駐留米軍で、聞くところによると、屈強な米兵に対して上官として「発砲が法的に許可される要件」などを指導しているという。法律相談も「あの橋を爆破しても法的に問題は無いですか?」というようなものらしい。このような猛者もいるので、それに比べれば筆者などモノの数に入らぬ小者である。

 こうして筆者は、中東地域に進出する日本企業の法務ニーズを満たすことを目的に中東地域へと出向した。よもや、激務の日本から、青い海と白い砂浜の美しい常夏の湾岸国へと国外逃亡を図ったものではない、ことになっている。

 2 イスラムの国で

 ・ とても暑くて、とてもイスラム

 さて、筆者は案件としては中東全域をカバーしていたが、勤務地は主としてアラブ首長国連邦アブダビ、時としてカタール国ドーハ、というわけで、いずれもアラビア半島の国であった。この国々に対する多くの日本人のイメージは、[1]とても暑い、[2]とてもイスラム教色が強い、という二大要素で成立していると思われる。そして、この認識は概ね正しい。

 まず、この地域の夏はとても「熱い」。真夏の最高気温は摂氏60度を超え、湿度はなんと100%。火のごとき直射日光がふりそそぎ、徒歩での外出など自殺行為に等しい。5分も外を歩けば息が上がり、15分なら「ああここで死ぬのか」と薄らぐ意識。

 そして、イスラム教は現地人の生活の隅々までいきわたっている。一日五回、モスクから大音量でながれる礼拝への呼びかけがある。祈りの時間には、タクシーに乗っていても、運転手がタクシーを止めて祈る。レストランでも従業員が祈りはじめる。祈らない者も多いが、祈る人はどこでも祈る。祈る人々の敬虔さには、いつも心を打たれた。

 イスラム教ゆえ、アルコールは原則として禁止である(ただし外国人は、ライセンスを取得すれば購入でき、それも面倒くさい人はヤミ市場で買う)。おかげで酔っ払いに絡まれて危険な思いをするということもない。豚肉は規制されているので、普通のレストランでは供されない。

 なにより、イスラム教の基本精神は友愛と平和、博愛精神である。貧しい者への喜捨は最も重要な行いのひとつとされている。そのため、町中のいたるところに喜捨の募金箱がある。

 また、これも宗教上の理由によるが、中東湾岸国では日曜は休日ではない。日曜日はキリスト教の休日であって、イスラム教の休日は金曜日である。それゆえ、金曜日と土曜日が休みとなり(つまり週休二日ではある)、日曜日は普通に出勤して働かねばならない。この「日曜日に働く」ということが憂鬱を誘う。人間とは勝手なもの、金・土としっかり二日休んでも、いざ日曜日に出勤となると、「なぜ日曜日に働かねばならぬのか」と憤死しそうになる(※筆者のことではない)。日本では甘美な「毎日が日曜日」という言葉も、この地では「月月火水木金金」とばかり悲愴に響く。

 このように、この地域の人々は敬虔なイスラム教徒である。筆者のように信心薄き凡夫が堂々と「無宗教」と公言するのは憚られる雰囲気があり、人に宗教を尋ねられれば「仏教徒」と自称した。異教徒であることを非難されたことなどは無く、むしろ「輪廻転生」の概念について聞かれることもあるなど、異教にも寛容な土地柄に感ぜられた。

 ・ イスラム金融、お金は喜んで捨てるべし

 金融にもイスラム教の影響が及んでいる。いわゆる「イスラム金融」である。「イスラム金融」では、イスラムの教えに従い、利息はつかない。そのためイスラム金融機関は利息以外の仕組みにより収益を上げ、預金者に還元する。日本でも法律や制度も必要に応じてイスラム金融に対応しつつあるが、やはり中東地域はイスラム金融の本場である。筆者がUAEにおいて給与振込口座を開設したのもイスラム銀行であった。この銀行は24時間営業のATMを町の各所に設置しており、日本の銀行と同等のネットバンキングも備えていて、しかもキャッシュカードにはICチップ内臓、クレジットカード機能までついている、と極めて近代的である。一見すると普通の銀行と見分けがつかないので、外国人の中にはうっかりその銀行で口座を開き、「おいおい利息がつかないぞ!」などと憤慨する迂闊者もいそうである。

 なお、上記のイスラム銀行ではATMからお金を引き出すたびに「貧しいムスリム同胞のために1ディルハム(25円)喜捨しませんか?イエスor ノー?」と聞いてくる。これも前述したイスラムの慈善精神である。こうして善行を積めば天国に行けるのだ。なお、筆者はこの「寄付しますか?イエスor ノー?」」との問いに対しては、常時「ノー」・「ノー」・「ノー」と押し続けてはタダで現金を引き出していた。筆者は仏教徒で、しかも凡夫、輪廻転生するは必定にして天国地獄など恐れるに足らず、というわけである(ただしこれでは来世は昆虫か何かであろう)。

 3 動乱の大地 - アラブの春とシリア内戦

 筆者は2010年10月、チュニジアの首都、チュニスを訪問した。日本政府とアラブ連合が共同開催した『日本アラブ経済フォーラム』に参加するためであった。同フォーラムでは重要性はともかく日本政府とアラブ諸国との間で数多くの協定が交わされたが、その直後、この地にて「ジャスミン革命」が勃発し、年明けには23年間続いたベン・アリー政権は崩壊した。「アラブの春」の始まりであった。そのようなわけで筆者のアラブ駐在期間の大半は「アラブの春」の只中にあったことになる。経済的に豊かなUAEは平穏そのものだったが、職場にて隣の座席にいた女性弁護士などは毎日、隣国にいる母親に職場から電話しては、「いま、軍隊が来てママのいるデモ隊に発砲してる」「メディアが来る前に軍隊が路上の血痕を洗浄している」などと逐一報告してくる。動乱の重い気配は机のすぐ向こう側に横たわっていた。

 あるとき、シリア投資の案件をシリア法律事務所と協働していたが、その間に首都ダマスカスが市街戦に突入。しかし協働先のシリア弁護士は動じた風も見せず、こちらの照会に対して「例の案件については来週中には回答する」と連絡してきた。内戦中でも働いているとは何とたくましいことか、と感じ入っていると、案の定、彼らからの連絡は大きく遅延することとなる。しばらくの後、「申し訳ない、市街戦の影響でダマスカスのパートナー弁護士と連絡が取れなかったが、ようやく連絡がついたので明日には返答する」とのお詫びのメールが来た。いえいえ、そこは市街戦の最中という事情もおありのことと存じていますので無理なさらず、もっと優先順位の高いこと(逃げるとか隠れるとか)に注力なさってください、と思ううちに、彼らからのシリア法に関する返答はちゃんとその翌日に届いた。

 このように、中東は動乱の大地でもある。この地で知己を得た日本人には、中東戦争中にミサイル直撃地の近くにいた人、湾岸戦争で「人間の盾」とされた商社マン、某国で射殺寸前になった銀行マンなど、文字通り死線を潜り抜けた人々がいた。しばしば「内向き」と自己批判する日本人であるが、実は昔から世界の各地で文字通り命懸けで働いてきたのだという事実を遅まきながら実感したものだった。

 4 中東の法律、日本の法律

 ・ 実は「兄弟」の日本と中東の法律

 このように、生活習慣の大きく違うイスラムの国である。さぞや、法制度も異なるに違いない、と思われるかもしれない。しかし、結論から言うと、中東地域の国々の法律と日本の法律は、根本において非常に似ている。実は、日本法とアメリカ法よりも、日本法と中東の法律の方が、ずっと似ている。なぜそのようなことが起こるのか。

 そもそも、極めて大雑把に言えば、世界のほとんどの国々は二種類の法体系のいずれかに分類できる。その二種類とは、[1]ひとつは、『ローマ帝国』の法律であり、[2]もうひとつは、『大英帝国』の法律である。歴史的に大英帝国の支配下にあった地域(アメリカ、オーストラリア、一部のアフリカ諸国・アジア諸国など)は[2]の『大英帝国』の法体系に属する。それ以外の国(ヨーロッパ諸国、旧仏領アフリカ諸国、ラテンアメリカなど)は[1]の『ローマ帝国』の法体系の国々である(もちろん例外はある)。

 日本は明治時代にこの『ローマ帝国』の法体系を輸入し、現在に至るまで使用している。中東もまた、近代化の過程でこのローマ法体系を受け入れた(ただし例外もある)。このため、UAEやカタールの民法の条文を読んでいると、そこかしこに日本民法と同じ規定が見つかるのでなかなか楽しい。商法も同様である。たとえば、UAE商法の商行為概念と日本の商行為概念は非常に良く似ている。また、最近はイラク投資が非常に盛んであるが、イラク民法もまた、日本の民法と多くの点で非常に良く似た概念が散見されるのである。

 ・ 倒産したら牢屋行き?

 もちろん、「似ている」側面だけを強調するのは危険である。例えば、UAEにおける有名な制度に、「借金が返せないと牢屋行き」というものがある。UAEにおいては、小切手を不渡りさせることは詐欺罪の一種として重く処罰される。「それならば小切手を振り出さなければいい」と思われるかもしれないが、貸し手もさるもの、銀行が貸付を行う際には、日本で言う「担保のために」、小切手も一緒に振り出させるのである。このため、借金を返済できない場合、小切手も不渡りとなり、刑事罰に処せられる。外国人が収監されることも珍しいことではない(事例によるが懲役三年程度である)。個人の借り入れに限られず、会社借り入れでも、役員等が小切手を振り出すと同じことが生じうる。

 それでは、UAEにおいて倒産寸前の会社取締役が善後策について相談しに来た場合、法律実務家として以下の回答案のうち正しいのはいずれか:

 回答案その[1]:「倒産の場合においても会社の有限責任原則は維持されますが、仮に取締役が倒産を予見しつつ借り入れを行うと理論上は詐欺罪に該当することがあります。そのような事実が無いという客観証拠を今のうちに固めておきましょう。」

 

 回答案その[2]:「いますぐドバイ空港へ行って飛行機で逃げてください。」

 

 回答案[2]では、アドバイスをした自分が収監されかねないので表向きの正解は[1]である。このようなこともあるので、これらの法域に関連する刑事罰をちゃんと調べることが意外と重要である。

 ・ それでもがんばる英米ロイヤー

 さて、前述の通り、中東の法律の多くは『ローマ帝国』の法体系である。しかし、これらの地域で一番がんばっているのは『大英帝国』の法体系の国から来た、英米の弁護士たちである。というわけで、実は、英米の弁護士たちが「正直言って、この国の法律、というよりローマ法体系はよく分からん」としばしば陰口しているのを耳にする。日本法弁護士としては、こんなに分かりやすい法律なのに、と思うのでそのギャップに驚かされる。しかしタフな英米ロイヤーたちが、そんなことでめげることはない。アブダビだけで英国系の法律事務所が30~40程度も進出しており、政府の法制定にまでアドバイスするなど、しっかりこの地域に根を下ろして業務を行っているのである。

 5 最後に

 市街戦中のダマスカスから法律助言をしてくるシリア弁護士や、アフガンに駐留するうら若き女性弁護士や、法体系が違うのにしっかり食い込んでいく英米ロイヤーなどなど、彼らの働き方の多様さと逞しさを見ていると、「自分は日本法の弁護士だから」というマインドセットから脱却し、いかなる選択肢、いかなる業務であっても自分には可能なのだという大きな視野を持つことの重要性を感じる。ましてや中東など、弁護士としては珍しくとも、日本の企業戦士にとっては珍しい地域でもなんでもない。だったら日本法弁護士だって、さらにその先の未踏の地に行ってもいいのである―――たとえばガザ地区とか。

 というわけで、紙幅わずか一段落になったが、最後に本稿の本題(?)であるガザ地区進出の法務について極めて簡単に説明しておきたい。ガザ地区の法律は原則としてイスラム法に則っている。日本企業が商品をガザ地区で販売する場合、1967年商業代理法に基づき国家経済省に登録されるガザ地区内の販売業者を任命しなければならない(ただし国家経済省により例外が認められることがある)。また、ガザ地区は仲裁に関するニューヨーク条約の締約国ではないため、仲裁による紛争解決を約定してもガザ地区内での強制執行力が認められない点には注意が必要となる。もし、ガザ地区進出をお考えでしたら是非、ご一報下さい(なお、筆者はガザ地区進出案件は未経験です)。