検事長定年延長・検察庁法改正の迷走劇を元東京地検特捜部長が斬る②
2020年06月02日
▽本連載第1回: 検察官も国家公務員だから内閣の統制に服するべきであるとの建前論では、問題の解決にならないことの理由
▽本連載第3回: 検察庁法改正案が検察に対する国民の信頼を損なうことになる理由
▽本連載第4回: 検察権は司法や国民による日常的なチェックにより適正に行使されていること
▽本連載第5回: 特捜検事として思う政治と国民のこと
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既に見たように、公益の代表者としての検察官の職務の特殊性から、検察官については検察庁法という特別な法律を制定し、身分など一般の国家公務員に比べて手厚い保護を与えるとともに、定年について検事総長は65歳、その他の検察官は63歳と規定し、定年延長の規定を置いていない。先に述べたように、国家公務員法の改正で定年延長の規定が新設された際も、検察庁法に定年延長の規定は設けられなかった。1981(昭和56)年、人事院は国会で「国家公務員の定年延長の規定は検察官には適用されない。」と答弁している。特別法(検察庁法)は「一般法(国家公務員法)に優先する。」という法の大原則にかなった答弁であった。
ところが、今国会の審議において人事院給与局長は「検察官に国家公務員法の定年延長規定は適用されないとした1981年の政府見解は現在まで引き継いでいる」と答弁しておきながら、安倍首相が野党議員からの質問に「今般、その解釈を変更する閣議決定をした」と答弁するや、前言を翻して「つい、言い間違えた」という、およそ役人として信じられない答弁をした。また、1月下旬に法務省事務次官と人事院事務総長との間に取り交わしたとする「1981年の解釈を変更する協議文書」に日付が入っておらず、一宮なほみ総裁は「両者間で直接文書を渡しており、記載する必要がなかった」と答弁している。行政庁間で取り交わされる文書に日付の記載がないというのは異例というほかない。
本当のところは、野党議員が1981年の政府見解の存在を国会で取り上げた2月10日になって初めて内閣がその事実に気付き、黒川元検事長の定年延長を閣議決定した1月31日より前に関係省庁間で解釈変更の手続きが進められていたという事実を作り上げるためのつじつま合わせを図ったのではないか、との疑惑である。定年延長を認めた閣議の手続きの正当性が問われている。
付け加えると、一宮人事院総裁は高裁長官を経験した裁判官出身であり、何よりも法的手続の適正を重視した厳しい組織運営を心掛けているものと見ていたが、本件の一連のずさんな事務処理を見せつけられると、人事院に対する信頼が揺らがざるを得ない。本件が検察の問題にとどまらず、古巣の司法の独立にも影響する問題であることを改めて肝に銘じていただきたい。
黒川氏の定年延長については、閣議の手続きの正当性のみならず、法律の定める要件に適合しているのかという実質的な問題も提起されている。先に検討したように、検察官に国家公務員法の適用がないと見るべきであるから、これだけでも違法な人事と言えるが、更に、内閣が定年延長の根拠とした国家公務員法とそれを承けた人事院規則にも適合していないとの批判である。
国家公務員法第81条の3は「その職員の職務の特殊性又はその職員の職務の遂行上の特別の事情からみてその退職により公務の運営に著しい支障が生ずると認められる十分な理由」がある場合に定年の延長が可能であるとする。これを承けて、人事院規則11-8条は、①職務が高度の専門的な知識、熟練した技能又は豊富な経験を必要とするものであるため後任を容易に得ることができないとき、②勤務環境その他の勤務条件に特殊性があるため、その職員の退職により生ずる欠員を容易に得ることができず、業務の遂行に重大な障害が生ずるとき、③業務の性質上その職員による担当者の交代が当該業務の継続的遂行に重大な障害を生ずるとき、と規定している。国家公務員法の規定も人事院規則も、端的に言えば「余人をもって代えがたいとき」ということになる。
一般の国家公務員を対象としたこの規則の内容は、果たして検察官にも当てはまるか? 答えは、ノーだ!
森法務大臣は、黒川氏の定年延長理由について「東京高検管内で遂行している重大かつ複雑困難な事件の捜査公判に対応するため」と説明したが、これは人事院規則の③を念頭に置いての答弁であろう。「重大かつ複雑困難な事件」とは何か、具体的な事件の名前を挙げることは避けた。しかし、検事長クラスの幹部検察官は30年以上の実務経験を有し、全員がその道のプロであり、この検事長で
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