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マラソンMGC優勝者の数字に見る五輪への突破口

増島みどり スポーツライター

40キロ付近の坂を上がる中村匠吾(左)と大迫傑=2019年9月15日、東京都内、池田良撮影

明暗分けた勝負の坂の心理戦

 日本マラソン界にとって永遠の宿題とも言えたオリンピック選考レースへの一つの答えとなった「マラソン グランドチャンピオンシップ」(MGC、9月15日=神宮外苑いちょう並木発着)は、男子出場者30人の誰もが「勝負のポイント」とした通りの展開で、クライマックスに突入して行った。

 神保町を過ぎて外堀通りに入る37キロ付近から、残り5㌔でゴール手前まで約35㍍のほどの高さになる急な坂を上らなくてはならない。途中の小刻みなアップダウンと、東京の名所を多く通過するため走りにくいコーナーが多く、何よりの難敵だった酷暑、さらにこれが東京五輪選考レースであるというとてつもない重圧。これら全てに打ち勝ち、余裕さえ持ってこの「勝負坂」にたどりついた3人、中村匠吾(28=富士通)、服部勇馬(25=トヨタ自動車)、大迫傑(28=ナイキ)の心の中で戦いの始まりを告げるゴングが鳴った。

 残り3㌔、中村は自分よりもスピードのある大迫と服部に対して仕掛ける合図のように帽子を取って前に出る。しかし、日本記録保持者(2時間5分50秒)の意地を見せる大迫がこれを猛追し並び、服部はここで一度脱落した。

 中村は前日朝の試走で、残り800㍍にもう一度、短い起伏があるのを確認しており、大迫に並ばれた時、2度目のスパート戦術を秘めていたという。追い付くために急な上りで足を使ってしまった大迫は、この2段スパートには付いていけなかった。冷静に戦術を準備した中村の勝利だ。

 一度は2人から数メートル遅れた服部は、前を行く大迫が3位の位置を確認しようと振り返った姿を見逃さなかった。

 「振り向くのはキツイから。自分も本当にキツかったが、まだチャンスはあると思った」と力を振り絞り、残り200㍍で大迫を抜き、粘りで五輪代表に内定する2位でゴールした。

 大迫は、事前の会見で「冷静さが武器」と話した。中村に先行された場面、優勝への執念ともいえる強い気持ちで前を追い、結果的にここで足を使い切ってしまった。もしこの時点で服部との争いで2位を守る走りに徹すれば、服部には勝ち目はなかっただろう。しかし、1着のみを狙い、冷静さを欠いてでも前を追う信念が、日本記録保持者としてのプライドであり、大迫というランナーの魅力であるのも間違いない。

 もっとも暑く苦しいレースのクライマックスに、激しく交差したトップランナーたちの駆け引き、心理戦とこれを叶える走力に圧倒されたのは、初の一発選考レースに期待を寄せた強化関係者だけではない。沿道の観客は52万5000人と、観る者の心を揺さぶるレースだった。

中村の6分18秒、女子V前田の16分41秒は世界レベル

 男子のスタート8時50分の天候は晴れ、気温は26.5度、湿度は63%でゴール時には28.8度に。男子よりも20分遅くスタートした女子(出場10人)のゴールは11時半過ぎで、気温は29.2度に上昇しており、アスファルトやビルから出る熱を計算すると、体感温度は30度を超える酷暑マラソンとなった。東京五輪本番は女子が8月2日、男子が同9日(午前6時スタート)で気象条件はさらに厳しくなるため、ほぼ同じコース(国立競技場がゴールとなるがMGCでは工事中で使用できず)で実施された酷暑マラソンは様々なシミュレーションともなった。

 中村、2時間25分15秒の好記録で女子優勝を果たした前田穂南(23=天満屋)とも「暑さはそう感じなかった」とレース後話し、服部も「氷で体を冷やしていたら、冷えてゾクッとするほどでした」とも明かしている。

 これらは「暑さに強い」といった漠然とした前提や、レース中の冷却グッズの効果ではない。上位に入った選手たちが揃って、

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