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子どもに「家族のケア」か「自分の人生」かを選ばせないで!~元ヤングケアラーの願い

政府による3年間の「集中取組期間」に向けて

藤木和子 弁護士・優生保護法被害弁護団

 最近「ヤングケアラー」という言葉をニュース等で目にすることが増えています。昨年2021年の流行語大賞にもノミネートされました。「ヤングケアラー」とは「家族などの介護や世話をする18歳未満の子ども」のことです。

「コーダあいのうた」の主人公と私

 先日、アカデミー賞を受賞した映画「コーダあいのうた」は耳が聞こえない両親と兄をもつ高校生の女の子が主人公です。家族の中で耳が聞こえるのは彼女だけです。両親らは手話を使う「ろう者」です。主人公は、高校卒業後、「家族のケア」か「自分の人生」か、地元で漁を営む家族の手話通訳を続けるか、歌の才能が認められておりボストンの有名な音楽大学に進学するかで揺れ動きます。そのような意味で「ヤングケアラー」の物語でした。

 私自身は、子どもの頃から、耳の聞こえない弟と育ちました。映画とは逆で、家族の中で弟だけ耳が聞こえませんでした。私も弟への通訳などを担ってきました。そのような経験から、私は、「障害」のある人の「きょうだい」(以下、「きょうだい」といいます)の立場から、元ヤングケアラーとして発信、座談会の開催などをしています。また、耳が聞こえない親やきょうだいをもつ聞こえる立場と聞こえない立場が生の体験を率直に語り合う動画も配信しています。

「耳が聞こえない親やきょうだいをもつ聞こえる立場」と「聞こえない立場」が、生の体験を率直に語り合って。右から2番目が筆者(写真はいずれも筆者提供)

 本稿は、4月10日の「きょうだいの日」に向けて、拙書『「障害」ある人の「きょうだい」としての私』(岩波ブックレット)に記した筆者の経験や「きょうだい」を始めとする「ヤングケアラー」について紹介させていただきます。

 私は、弟の遊び相手であり、周囲の大人との通訳でした。また、私は、仕事で多忙な父に代わって、母が弟を育てる際のパートナーでもありました。パートナーといっても子どもですから、どこまで母の役に立っていたかはわかりませんが、私なりに一生懸命でした。母が弟の担任の先生に向けてびっしり書いた連絡帳を毎日読んで感想を述べ、母の悩みを聞いて励ましました。

 また、私が現在、優生保護法弁護団で活動している理由につながるのですが、周囲の陰口、弟の障害を母の責任とするような内容を私だけが聞いてしまったこともありました。母や弟にはもちろん、誰にも言えずひとりで苦悩しました。そのような陰口や母の苦労から、子どもは産みたくないと心から思いました。自分の生理が始まった時は誰にも報告しませんでした。「障害のある弟や親は大変なのだから」、「自分が選んだ環境ではないけど、家族を見捨てることはできない」、「勉強もきちんとやらないと後ろ指をさされてしまう」と、いつも文句を言いながら自分を奮い立たせていました。

 ※4月10日の「きょうだいの日」は、亡くなったきょうだいに思いを寄せたアメリカ人の女性から始まった記念日です。 日本でも、病気の子どものきょうだいを支援するNPO法人しぶたねさんが、「きょうだいの日」を制定しようと呼びかけ、200人を超える制定発起人(筆者もその1人)とともに、2019年に、4月10日を「きょうだいの日(シブリングデー)」として制定し、日本記念日協会に登録しました。今年は、大手スーパーのイオンさんで「きょうだいの日」に向けてのキャンペーンがなされるなど、少しずつ知られる記念日になってきています。

イオンモール伊丹のホームページから

私のことは誰が助けてくれるの?

 以下、「きょうだい」の立場のヤングケアラーの声を紹介します。身近な支援者としての役割を期待される一方で、誰にも言えない思いや切実な悩みを抱え、助けが必要な場合もあります。

 「ジロジロ見たり、軽い気持ちで悪口を言わないで!」
 「障害のある弟の分も頑張れ? 自分の分しか頑張れない! 弟も頑張ってるよ!」
 「親や障害のある弟を助けてあげてねだって? じゃあ私のことは誰が助けてくれる?見てないで助けて!」
 「障害に関係ある仕事を選ぶべき? 実家を出るのは家族を見捨てたと責められること?」
 「友人や恋人に弟の障害のことを話したいけれど、相手やその家族の反応が不安!」
 「弟の障害は親の責任? 私は? 遺伝のことも心配!」
 「親がいなくなったら弟はどうなるの? 親とはなかなか話せない…!」

(拙書の「はじめにーー誰にも言えなかった思い」より)

 このように、ヤングケアラーには、年齢や成長の度合いに見合わない重い責任や負担を負うことで、本人の育ちや教育、進路や人生に影響が生じます。

NPO法人しぶたねのホームページから

ヤングケアラーであることも、悩みも自覚しにくい

 昨年から、政府によるヤングケアラーに対しての本格的な取り組みが始まり、2021年3月~9月に厚生労働省と文部科学省共同の「ヤングケアラーの支援に向けた福祉・介護・医療・教育の連携プロジェクトチーム(以下、政府PT)」が開かれました。私は、障害のある弟と育った「きょうだい」、ヤングケアラー経験者・支援者としての体験や意見を述べさせていただきました(第3回、第5回会合、厚労省ホームページに議事録あり)。

 政府PTでは、「家庭内のデリケートな問題であることなどから表面化しにくい構造」 、「子どもが『介護力』と見なされる場合がある」、「支援が必要な子どもがいても、子ども自身や周囲の大人が気付くことができない」とまとめられました。

厚生労働省の「ヤングケアラーの実態に関する調査研究のポイント」から
 たしかに、私よりもケアによる時間面や精神面での負担が大きく、授業や部活を欠席、希望の進路の断念まで支障が生じている子どもでも、その子にとってはそれが当たり前の日常生活です。そのため、自分自身に課題や悩みがあると自覚しているケースは少ないです。ニュース等を見て「私はヤングケアラーに当てはまるのでしょうか?」との連絡が、最近増えています。

 なお、成人後、定義上は「ヤングケアラー」ではなくなります。しかし、上記でご紹介した声の通り、当然、悩みや課題は続きます。特に進路・将来設計についての悩みは、より一層深まります。私は、友人が仕事についての夢や希望を語り、結婚・出産していく中で、「地元で家族のそばにいるべきか」、「安定した職業に」、「できれば自分のこの経験を活かしたい」、「結婚を考える相手に自分の家族の事情や思いを理解してもらえるのか」ということばかり考えていました。

「きょうだいの会」で仲間と出会い、初めて話せた

 20代後半、司法修習生だった私は、「東京の内定先に就職するか、すべてがうまくおさまるように地元に残り家族のそばにいるか」、「当時の交際相手に弟の障害のことを話したいけれど、言えない……」という悩みがきっかけで、「きょうだいの会」に参加しました。そこで初めて、自分と同じ立場の仲間や先輩と出会いました。環境の違う他人には話しにくく、理解されにくい悩みを初めて話せました。それからは、同じ立場の仲間や先輩に非常に助けられました。

筆者が解説するYouTube動画

 現在は、自分たちの経験を語り合うオンライン座談会や、YouTubeで対談動画の配信をしています。累計で数千人、数万人の視聴があります。以前の私のように、「もっと早く知りたかった! 出会ってつながりたかった!」という人はとても多いです。

中学2年で17人に1人~すぐ身近にいるヤングケアラー

 政府の中高生への実態調査によると、「ケアをしている家族がいる」との回答は、中学2年生が5.7%で17人に1人、全日制高校2年生が4.1%で24人に1人です。主なケアの対象は、親(身体障害、精神疾患等)、きょうだい(幼い、知的・身体障害等)、祖父母(高齢、要介護、認知症等)です。ケア内容は介護・介助のみらならず、食事の準備や洗濯等の家事、通訳、送迎、見守り、感情面のケア(愚痴を聞く、話し相手になる等)まで幅広く含まれますので、ヤングケアラーの割合は調査結果よりも多いと思われます。

 ケアの頻度や時間数は個人差が大きいですが、「ほぼ毎日ケアをしている」が3~6割です。1日のケアの時間は平均4時間、3時間未満2~4割、7時間以上1~2割と幅があります。

 子どもであっても介護力とみなされ、福祉サービスを受けられる時間数が減らされた形での利用計画がなされてしまうケースも少なくありません。

問題や悩みが「特にない」は要注意~SOSを出しにくいヤングケアラー

中学生のきょうだいの声
 家族の世話のためにできないことは、複数回答で多い順に「自分の時間が取れない」、「宿題や勉強の時間が取れない」、「睡眠が十分に取れない」、「友人と遊ぶことができない」にそれぞれ1割~2割前後の回答がありました。

 「特にない」という回答が半数程あったのですが、実は注意が必要です。子どもが通学しながら家族の世話を1日平均4時間もしているなかで、「特にない」という回答の意味を考えるべきではないでしょうか。誰かに相談した経験がない人のうち、「誰かに相談するほどの悩みではない」、「相談しても状況が変わるとは思えない」が多数でしたが、この点についても同様です。

 「問題や悩みがある」と決めつけることは良くないですが、「特にない」等の回答は、相談できる人がいない孤立した環境の中で、無意識に最初から諦め、自覚なく現状を受け入れてしまいがち、目の前の家族の世話に追われて自分のやりたいことを考えにくい、助けを求めて状況が変わりうるという発想が持ちにくいという傾向を感じます。

 やはり周囲の大人が問題に気付き、適切な形でサポートにつなげていくことが大切です。

子どもによるケアは「美談」ではなく社会の介護力不足

小学生のきょうだいの声。きょうだい関係の不満を言っても、「聞こえないから(しかたないでしょ)」と繰り返されてしまう、という意味。
 ヤングケアラーの背景には少子高齢化や核家族化、貧困、もともとあるその家族特有の課題等の要因があります。社会的な介護力が不足しているため、「ありがとう」「助かる」「えらいね」という言葉でヤングケアラーに受け入れさせている状況では……と思います。

 時には、ケアの強制に近い場合もあります。また、自分が障害のある兄や姉を守ったり助けたりするために生まれてきたことを

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