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文化・エンタメ 旅人たちの感情史――「探し」の旅
若者たちは世界へ向かった 1970年代、日本の若者たちは突如海外旅行へ出かけるようになった。1972年の海外出国者は初めて年間100万人を突 … [続きを読む]
菊地史彦 2020年07月13日
『アンアン』が謳った自由 『アンアン(anan)』の創刊が1970年3月だったという事実は、振り返ればなかなか意味深い。この月には大阪万博が … [続きを読む]
菊地史彦 2020年07月06日
『暗い旅』から始まった 前稿で触れたように「ディスカバー・ジャパン」は、まず若年層の女性を的確につかんだ。ただ彼女たちが何かを探索し、発見し … [続きを読む]
菊地史彦 2020年07月02日
1970年代は誰もが旅に出た。年寄りも若者も、家族連れも独身者も、都会のサラリーマンも農協の組合員も、ありとあらゆる日本人が「旅」に出かけ … [続きを読む]
菊地史彦 2020年06月26日
文化・エンタメ 旅人たちの感情史――「離れ」の旅
政治は詩に似ているか 『遠くまで行くんだ…』は小野田襄二を中心とする数人のグループによって1968年10月30日に創刊された思 … [続きを読む]
菊地史彦 2020年05月07日
文化・エンタメ
三島、全共闘に会う 三島由紀夫が1960年代の新左翼にある種のシンパシーを抱いていたことは間違いない。新左翼は世界同時革命を標榜し、一国革命 … [続きを読む]
菊地史彦 2020年03月19日
前回、「休みの国」というバンドについて書いた。ジャックスの近くにいた高橋照幸が曲を書き、ジャックスのメンバーの演奏で歌う“ひと … [続きを読む]
菊地史彦 2020年02月28日
我は追放されし者――もうひとつのジャックス 高校2年の冬から、私は仲間たちとささやかな政治活動を始めた。その中のひとりが、中学時代の友人のW … [続きを読む]
菊地史彦 2020年02月22日
50年後の地球の上で 歳を取るのも悪くないと思う今日この頃。それでもスジのいい若い人たちの話を聞くと、やっぱり若いっていいなあと涙ぐみそうに … [続きを読む]
菊地史彦 2020年02月18日
第三世界への着眼 前稿で紹介した、よど号ハイジャックの翌年行われた国際根拠地への2番目の旅はずっと目立たないものだった。重信房子は奥平剛士に … [続きを読む]
菊地史彦 2020年02月15日
その日、9人の男たちは4日前の失敗を繰り返さぬよう、早めの時間に羽田空港へ集合した。当初の決行予定日だった1970年3月27日は、何人かが … [続きを読む]
菊地史彦 2020年02月10日
2019年上半期にもっとも読まれた記事を、10位から1位まで、カウントダウン形式で紹介します。お楽しみください。第10位 山口真帆さん「暴行 … [続きを読む]
論座編集部 2020年01月17日
1. 増補されたリンの物語 この映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は、2016年11月に公開された『この世界の片隅に』をベースに約 … [続きを読む]
菊地史彦 2020年01月09日
1. 半世紀前の記憶をつなげる 1960年代の「異議申し立て」がピークを迎えたのは1968年である。「1968」に向かってあらゆる反体制運動 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年12月27日
「拝謁記」は何を語るのか 2019年8月17日に放送された「NHKスペシャル 昭和天皇は何を語ったのか~初公開・秘録 拝謁記」は大きな話題を … [続きを読む]
菊地史彦 2019年09月19日
文化・エンタメ 昭和天皇とダブルファンタジー
天皇のリアリズム 昭和天皇とマッカーサーの会談は回を重ねていった。日本国憲法施行から3日目、1947(昭和22)年5月6日に開催された第4回 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月30日
再び“発声する天皇”へ アレクサンドル・ソクーロフ監督の『太陽』(2005年)でイッセー尾形が演じた昭和天皇は、いつ … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月29日
タイガーのいる風景 街で新宿タイガーを見かけたことが2回ある。1980年代半ばとゼロ年代の初頭だったと思う。最初のときは目の前の事態がよく分 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月16日
『国体の本義』の登場 日中戦争が本格化した1937(昭和12)年の5月、文部省は『国体の本義』を刊行した。その2年前の天皇機関説批判を機に巻 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月11日
生物学と「二重性」の発見 昭和天皇が大正リベラリズムという時代精神に感応し、自分なりの立憲君主像を目指したことは確かだが、その立場はひと色の … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月09日
訪欧体験と“発声する皇太子” 明治天皇の崩御と乃木希典大将の殉死によって始まった大正期が、“天皇の仕組み … [続きを読む]
菊地史彦 2019年04月05日
半藤一利によれば、『昭和天皇実録』には、「落涙」の記事は2カ所しかない。ひとつは、1912(大正元)年9月13日、乃木大将自刃の報を聞いた … [続きを読む]
菊地史彦 2019年03月18日
光を聴き、風を視る 「手塚雄二展 光を聴き、風を視る」が、3月5日から新装リニューアル成った日本橋高島屋S.C.のこけら落としとして開催され … [続きを読む]
菊地史彦 2019年03月14日
焼跡のダブルファンタジー――昭和天皇は人々から“元気をもらった”昭和天皇の巡幸が巻き起こした熱狂 ジョン・ダワーは天 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年02月25日
前稿(「「昭和天皇の力になる」マッカーサーへの眼差し」)で参照した袖井林二郎の著作によれば、マッカーサーへの手紙は「危機と激動のなかでしぼ … [続きを読む]
菊地史彦 2019年02月18日
新聞に掲載された昭和天皇とマッカーサーの立ち並ぶ写真を見て、驚愕したのは政府や宮中の人間ばかりではなかった。多くの人々が驚き、呆れた。戦前 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年02月15日
天皇的思考とは 豊下楢彦は、天皇がマッカーサーとの第1回会見で、外国人記者に語ったのと同様の東条英機批判を口にした可能性が高いと述べている。 … [続きを読む]
菊地史彦 2019年02月05日
ファーストコンタクト 昭和天皇がマッカーサーを訪ねたのは、炎暑がややおさまった9月27日である。アメリカ大使館に着いたのは午前10時、共奉し … [続きを読む]
菊地史彦 2019年01月23日
はじめに 「平成」が終わるとき、「昭和」はさらに後景へ退くのだろうか。それとも一個の歴史として輪郭をもっと明瞭に際立たせるのだろうか。はっき … [続きを読む]
菊地史彦 2019年01月15日
闘わない球技の世界――『卓球温泉』 前稿で紹介した『ミックス。』よりも20年前、すでにヘテロソーシャル(異性間の関係)な卓球映画が存在してい … [続きを読む]
菊地史彦 2018年09月21日
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